妻とその母親の顔を例にして、似ているけれども違う点をあげます。母親の顔が妻に似ているとはいえ、醜悪に誇張されているというのです。小さなことの積み重ねが、やがて生理的な嫌悪感となっていきます。生理的な不快感が鬱積して内攻し、母親の存在を呪うようにまでなります。このあたりの男の心情が、克明に描かれています。その後の展開は、歌舞伎座の1枚の券を仲立ちにした、まさに清張の世界です。【5】
初出誌:『小説中央公論』(昭和35年7月)
※『松本清張全集 37』(文藝春秋社、1973.7.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」には次のようにあります。
−現実は醜悪である。われわれは人間の顔でも手足でも平気で見ているが、よく見ると、それは醜悪であり、無気味である。鼻でも、指でも、バラバラに部分的に見ていると、ぞっとするくらい無気味である。それが現実だから無気味なのである。この無気味に「美」を見つけたのは岸田劉生であろう。この小説では、部分の無気味さに、血のつながりの醜悪をつないでみた。私がいつも感じていることだが、実際、親子というものは顔がよく似ている。年老いているだけに、父親なり母親には子供の特徴が歪曲され、醜化されている。母娘の顔を較べている男の心理を書いてみた。(554頁)
■「駅路」
定年退職した小塚貞一が、その秋の末に行方不明になります。有利な再就職も断っての自由な生活の中でのことでした。二人の刑事が事件解決に奔走します。ただし、犯人のあぶり出しに無理があります。人生を駅路に例えるのも、こじつけのようなものです。構成と展開がうまく噛み合わなかった例です。【1】
初出誌:『サンデー毎日』(昭和35年8月7日)
※参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)には、次のようにあります。私の感想とはまったく異なる評価です。
定年という人生の「駅路」を主題にした失踪ミステリーの名作。(22頁)
■「誤差」
鄙びた湯治場に一人で来た女は、東京の住所と27歳だと書きました。連れの男は、その3日後に来ました。そして、連れが帰った後に女は扼殺死体として発見されたのです。当然、この男が疑われます。死後推定時間の誤差が問題となります。警察嘱託医と、解剖した病院長の間には、1時間以上の開きがありました。しかし、数日後にこの男は自殺したのです。殺害時間と男の行動に疑問を抱いた一人の刑事が、法医学の翻訳書を読んでいて閃きます。そして、犯人逮捕となります。すでに伏線が張られていたので、読者は納得します。【4】
初出誌:『サンデー毎日特別号』(昭和35年10月)
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