2019年06月22日

吉行淳之介濫読(21)『女の決闘』

 「吉行淳之介傑作小説選集(全4冊)」の一冊として刊行された『女の決闘』(吉行淳之介、文理書院ドリーム出版、昭和42年(1967)12月、挿し絵は野田弘志)を読みました。

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 いくつか刊行されている中でこの本を読むことにしたのは、挿し絵があったからです。ここにあげた書影は、あるいは本来は別のカバーがあったかも知れません。確認は後日とします。
 本作については、別に新書版の『女の決闘』〈コンパクト・ブックス〉(集英社、昭和46年(1971)4月)が手元にあります。

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 また、『東都書房創業十周年記念出版 吉行淳之介集 現代文学15』(昭和41(1966)年9月)に収録された『女の決闘』も持っています。共に、本文は今回読んだものと同じです。
 なお、後述するように、『女の決闘』の改稿版である『赤と紫』(角川文庫、昭和49年(1974)7月)もあります。

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 これは、『女の決闘』の本文を、少し刈り込んだものです。吉行としては、この『赤と紫』を決定稿としたかったようです。本作品の来歴を知るために、『赤と紫』(角川文庫、昭和49年7月)の巻末に置かれた著者による「あとがき」を引きます。

 この作品は、昭和三十八年に「赤と紫」という題で地方新聞に連載したものである。そのときにはまったく連想がなかったのだが、「赤と黒」という名作のあることに気が付いたので、単行本にするとき「女の決闘」という書名にした。しかし、そういうこだわり方もおかしなものなので、今回また原題に戻した。
 この作品の中に霊感少女の問題が出てきて、彩りというよりももう少し重い役割をしている。昭和四十八年にこういう霊感とか念力の問題がクローズ・アップされてきたので、そういう点に興味をもつ読者もいるかもしれない。
 かなり以前の作品だが、美容整形の問題とか、そのほかの問題もますます進行しているものなので、古くなっていないところが取柄といえるだろう。なお、文庫にするにあたって大幅に改稿した。(374頁)


 ここで、吉行は「文庫にするにあたって大幅に改稿した。」と言います。しかし、私が本文の異同を調べた限りでは、後に記すように、「大幅」と言うほどの改変ではありません。『星と月は天の穴』を例にして、その改変の跡を提示した記事、「吉行淳之介濫読(17)未発表原稿が見つかったこと」(2016年06月09日)を参照願えれば、吉行が手を入れることで様変わりする一端が、実感してもらえるかと思います。

 さて、整形手術をしてテレビスタアへの道を歩みだした江里子。妹の路子は姉を羨ましく見ています。その江里子は、3年前まではアンナと名乗るコールガールだったのです。自分の素性が知られはしないかと、江里子の胸は騒ぎます。
 ミステリー仕立てで、ぐんぐんと読ませてくれました。ドンファンやプレイボーイの飄々とした話とは違う世界が展開するのです。
 かつてのコールガール仲間だったユカリは、その江里子を揺さぶり動揺させ、貶めていくことに快感を覚えるようになります。テレビドラマの主役として江里子がコールガールに扮するすることになってからは、さらにさまざまな思いが錯綜します。
 そんな中で、光姫とみよ子の予言話のくだりは退屈でした。作者が2つの話を並走させた意図がよくわかりません。大人の世界と子供の世界が交流するのです。その前段階において、前が見えない展開なのでおもしろくないのです。
 しかし、後半に入ると、江里子と対をなすもう一つのみよ子の予言話が推理仕立てでおもしろくなります。二本立てで進行する構成が功を奏したことになります。ただし、最後までわたしにはこの設定がよくわかりませんでした。
 整形手術によって、林江里子と路子姉妹は人生が大きく変わり、ついには姉妹が入れ替わるという、おもしろい設定が後半で楽しめました。男女ではなくて姉妹の入れ替わりは、これまでにもありました。この作品も、そうした種類の一つに加えましょう。周りの混乱が、話をいや増しにおもしろくします。
 この姉妹を「赤と紫」に例える場面が、「第二十一章 林江里子」にあります。

「ぼくも、そうおもう。光姫が赤とすれば、みよ子は紫といえる。赤は三原色の一つで、まじりっけのない色だ。赤に混ぜものをすると紫になる。みよ子もたしかに才能はある。しかし、まじりもののある才能だ。赤には勝てない。光姫は天才とすれば、みよ子は秀才というところだな」(232頁、上段)
(中略)
「赤と紫、ね。おもしろいたとえだわ。先生、姉とわたしでは、どちらが赤でどちらが紫かしら」
「それは、はっきりしている。この前までは、江里子くんが紫できみが赤だったが、今はその逆だ」
「いまは、わたしが紫ですか」
「なぜなら、きみは今、まじりっけがあるからね、整形手術を受けて、鼻のあたりに混じりっけができた」(232頁、下段)
◎「才能だ。」→『赤と紫』「才能なんだ。」(232頁、上段)


 吉行が後に手を入れた改稿版『赤と紫』(角川文庫)が、どうやら本作の決定稿のようです。
 本作は小説家吉行を知るのに好例になると思います。カットされたのは、新聞の連載小説のために、つなぎの役割を果たす部分があげられます。また、「筝曲教授の家」と「同性愛者」と「復讐」を語る一章は、ごっそりと削除しています。これは、関係者への配慮ではないか、と思っています。さらには、作者が解説しすぎたと思い、後に手を入れてカットしたものもあります。特に、一章まるごと削除しているところは、検証すべき問題を孕んでいます。吉行の小説作法を知ることができるからです。これらは、またいずれ、ということにしておきます。【4】

私注:目次構成の異同

 『女の決闘』目次   →『赤と紫』目次
 第一章 顔      → 第一章 同(ただし冒頭の2文が入れ替わっている)
 第二章 食卓の光景  → ナシ(前章に組み込む)
 第三章 光姫     → 第二章 同
 第四章 黒い点    → 第三章 同
 第五章 晩飯会    → 第四章 同
 第六章 山川みよ子  → 第五章 同
 第七章 酒場にて   → 第六章 同
 第八章 買った話   → ナシ(前章最後の「コールガールという役を与えられたときの江里子の内心の動揺。」から5行分カットに加え、この章もカット)
 第九章 光と影    → 第七章 同
 第十章 霊感について → 第八章 同
 第十一章 食味通信  → 第九章 同
 第十二章 危険な日々 → 第十章 同(本章末尾「でもみよ子さんの実力って、信用できるの。」から3行分カット)
 第十三章 変化    → 第十一章 同(本章冒頭の10行分の、作者が顔を出して誘拐の経緯を語る部分を3行に縮約)
 第十四章 足を引張る → 第十二章 同
 第十五章 女の決闘  → 第十三章 同
 第十六章 日暮どき  → 第十四章 同
 第十七章 姉妹    → 第十五章 同
 第十八章 揺れ動く  → 第十六章 同
 第十九章 勝負    → 第十七章 同
 第二十章 二つの顔  → 第十八章 同
 第二十一章 林江里子 → 第十九章 同
 第二十二章 新しい巣 → 第二十章 同


※初出誌︰「赤と紫」(昭和38年2月23日〜10月2日、連載220回、中国新聞他6紙、後に『女の決闘』と改題、それをさらに昭和49年の文庫収録にあたり大幅に改稿して原題の『赤と紫』として刊行)

※刊行情報(全集及び選集は未確認のものが多い)
・『女の決闘』(桃源社、昭和39年(1964)年4月)
・『女の決闘』〈ポピュラー・ブックス〉(桃源社、昭和41年(1966)年7月)
・『女の決闘』(『東都書房創業十周年記念出版 吉行淳之介集 現代文学15』収録、昭和41(1966)年9月)
☆『女の決闘』(文理書院ドリーム出版、昭和42年(1967)12月)[『吉行淳之介全集 第15巻』所収の「著書目録」に未記載]
・『女の決闘』(東方社、昭和43年(1968)年11月)
・『女の決闘』〈コンパクト・ブックス〉(集英社、昭和46年(1971)4月)
・『女の決闘』(青樹社、昭和48年(1973)9月)
・『赤と紫』(角川文庫、昭和49年(1974)7月)


 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | □吉行濫読
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