2019年06月21日

読書雑記(259)梨木香歩『西の魔女が死んだ』

 『西の魔女が死んだ』(梨木香歩、平成13年8月、新潮文庫、平成27年2月88刷)を読みました。

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 西の魔女と呼んでいたおばあちゃんが、心臓発作で倒れたことから始まります。
 話は、すぐに2年前へ。主人公のまいが中学に入学した時にさかのぼります。
 まいは、苦痛しか与えない学校へは行かなくなります。そして、田舎のおばあちゃんのところで一緒に暮らすことになりました。車で1時間ほどのところです。
 まいは、おばあちゃんとの自然の中での生活を満喫します。そして、その自然の中から多くのことを日々学びます。素直におばあちゃんに接する姿が爽やかです。絵本の中のような世界が展開していきます。メルヘンタッチの、女の子が少しずつ成長する物語です。心のきれいな人たちばかりです。透明感のある語り口です。学校に行かないまいに対する周りの接し方について、次のようなやりとりがあります。

「何でパパはわたしが学校に行かないのか聞かないんだろう」
「ママは聞きましたか?」
「ううん。そういえばおばあちゃんも聞かなかったね」
「みんな、まいのことを信頼しているからでしょう。まいが行かないと言うからには、きっとそれなりの理由があるからだとみんな思っているんですよ」(158頁)


 おばあちゃんとまいとの会話は、澄んだ目で人を、社会を見つめているから成り立つやりとりです。
 死についての対話も、自然体です。物事を決めつけず、結論を焦りません。
 1つだけ、気になったことがあります。予想外の出来事があったのです。おばあちゃんの元を離れる時、まいが向かいの家のゲンジさんを悪し様に罵った時のことです。おばあちゃんは、まいの頬を打ったのです。

「わたしはそういうことに動揺せずに、平気になんか、絶対なれない。わたしはあの人を好きになんか、絶対なれない。あんな汚らしいやつ、もう、もう、死んでしまったらいいのに」
「まいっ」
 おばあちゃんは短く叫んでまいの頬を打った。瞬間の出来事だった。まいはあっけにとられた。それから涙がじわりとわいてきた。(170頁)


 この後、2人の間には次のやり取りがあります。おばあちゃんは、魔女は動揺してはいけない、と教え諭していたことが、この背景にあるのです。

「でも、おばあちゃんだって、わたしの言った言葉に動揺して反応したね」
 おばあちゃんはにやりと笑って片目をつぶった。
「そういうこともあります」(172頁)


 さらに、次のようにも言います。

 おばあちゃんのことを思うと、いつも胸が痛んだ。あのときゲンジさんのことをあんなにひどく言ったのは、自分でも止めようのなかった感情の「流出」だったとまいは今でも思う。(「流出」という言葉は最近本で覚えた。でも実生活で使ったことはないので、まだ自分の言葉という気がしていない)後悔も反省も今はまだするつもりはない。
 けれど、おばあちゃんにとっても、まいにああいう手荒なことをしたのは、やはり止めようのなかった感情の「流出」だったのではないだろうか。おばあちゃんだって、魔女である前に人間なのだ。まいは、おばあちゃんと離れてからそんなことを考えるようになった。(182頁)


 私には、おばあちゃんにまいの頬を打たせた作者の思いが、いまだによくわかりません。おばあちゃんが暴力に訴えたことは、一時の動揺や理性や感情で説明しきれないものなので、語り手はさらにフォローが必要だったのではないか、と思います。この1つの行為で、おばあちゃんの人間像が崩れます。機会があれば、再読で再確認したいと思っています。

 そうであっても、この作品は、人に対する思いやりと、人の死というものを実感させてくれます。人の心の温もりも伝わってきます。きれいな物語です。【3】

※平成6年4月に楡出版より刊行。平成8年4月小学館より新装版刊行。
 
 
 
posted by genjiito at 21:07| Comment(0) | ■読書雑記
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