2019年06月13日

映画『ツナグ』を観て父と母のことを想う

 『ツナグ』は、2012年10月に公開された映画で、辻村深月の小説を映画化したものです。
 亡くなった人に一度だけ会える、という設定で物語が展開する映画です。死者と生者の再会を仲立ちして〈ツナグ〉のが、樹木希林と松坂桃李の役柄です。

 観ながら、私なら誰に逢いたいのだろう、と考えていました。いろいろと思いをめぐらすと、多くの亡くなった方々の顔が浮かびます。やはりと言うべきか、行き着くところは父と母でした。
 その内でもどちらか、と自問を続けるのは、私が一番嫌いな二者択一の世界です。どちらにも逢いたいところです。

 それでも、今どちらかに逢わせてもらえるのであれば、まずは父でしょうか。その次に母。
 母は、いつもニコニコしていて、私が何をしても何も言わず、見つめ続けていてくれました。
 父は、私が高校を卒業するまでは、厳しい対応で接してもらいました。しかし、高校卒業後に一人で大阪から東京に出て仕事をするようになってから、川崎の予備校を経て渋谷の大学に入ってからは、優しかった父しか知りません。貧しかった家計から我が身を切り離した私を、1人の独立した人間として認めての対応だったのだろう、と思っています。煮え切らず、融通も利かず、ふらふらする私ではあっても、丁寧に接してくれました。そんな中で、母はこっそりと、いろいろと物を送ってくれました。時々お小遣いも。背後で支援してくれていました。
 そういえば、父からお小遣いをもらったことは、ただの一度もありません。徹底していました。


 父は、さまざまな局面で、何も反対せずに後押しをしてくれました。
 私が突然フランスへ行きたいと言った時、ブラジルへ行きたいと言った時、大学院へ行きたいと言った時、すべて父が知らない世界にもかかわらず、話を聞き、思うがままに行動したらいいと言ってくれました。フランスへも、ブラジルへも行きませんでした。大学院には行きました。
 大病をした後、研究者になることをあきらめて大阪で高校の教員をすることにした時も、何も言いませんでした。家探しに始まり、ままごとのような日々に、見ていられないことも多かったかと思います。それでも、結果的には、いつでも後押しをしてくれていたように思います。長女が生まれることを機に、奈良に住むことにしました。その時の家探しにも、一緒に付いて来てくれました。自分は住まないままに亡くなったことが惜しまれます。

 生きていく間には、いろいろと岐路での選択をします。その折々に、人の世話をするのが大好きだった父は、私にも言いたいことがいっぱいあったはずです。危なっかしく揺れ動く私の判断を横目に、それでも何も言わなかったということは、よほど胸にはさまざまな思いが去来していたことでしょう。それを、ぐっと秘めていたようです。

 今の私は、父が思い描いていた生き方とは違うにしても、父の想定外ではないように思います。その点では、今逢っても、失望はさせなかったと思っています。もし聞けるものならば、いくつもの岐路において、父が私に勧めたかった道はどれだったのか、知りたいものです。詰め将棋や詰め碁が好きだった父と、それにはまったく興味も関心もない私です。お互いの出した結論のズレと一致するところを、夜を徹して語り明かせたら、と思います。

 今も、どうしようもなく困った時には、仏間の父と母の遺影に向かい、どうしたらいい? と聞きます。しかし相変わらず、何も言ってはくれません。そうであっても、私が出した結論に、両親が後押しをしてくれていることを実感することがしばしばあります。不思議な力を感じています。

 映画『ツナグ』にあるような、後悔という思いで亡くなった両親に逢うことは、私の物語にはありません。当時の、お互いの判断を確認しあうために、父と語りたいと願っています。これでは、映画のような物語にはなりませんね……
 
 
 
posted by genjiito at 20:37| Comment(0) | *回想追憶
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