2019年06月09日

春日野での茶道文化講演会で高麗茶碗の話を聞く

 近鉄奈良駅前は、修学旅行生と中国からの観光客でごった返しです。耳に届く言葉の99パーセントは中国語です。修学旅行生の日本語を聴くと、ここが中国の観光地ではなかったことに気付かされます。鹿が至る所にいる町並みと、観光客の大群には、違和感を覚えました。京都での観光客の雑踏とはまったく違う、大らかさの中の混雑です。

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 今年も、東大寺の近くにある奈良春日野国際フォーラム甍で、第53回 茶道文化講演会がありました。演題は「高麗茶碗の話」、講師は野村美術館の谷晃館長です。

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 配布された資料の冒頭には、次のように記されています。

「見て、知って、楽しむ 高麗茶碗」

    2019.06.09 於 淡交会奈良県支部

          谷 晃

高麗茶碗とは何か

主として16世紀初頭から18世初頭にかけて、朝鮮半島南部において生産された施紬陶磁碗で、日本の茶の湯に受け入れられたもの。但伝世品は対馬藩の経営する倭館内の窯で生産されたものが多い。
 青磁系・粉青系・白磁系・その他の系統がある
 初期・中期・後期で性格が異なる
 産地の特定がされつつあるもののまだ十分ではない


 韓国での調査に関する体験談から始まりました。発掘調査と文献調査をもとにして話は展開します。
 高麗茶碗の5割から8割は、日本で使われることを意識して作られたものだそうです。
 アレっと思ったのは、「先祖を大切にする儀式である祭事が、日本では忘れられてしまったが、韓国では今でも残っている」という表現でした。儒教を語る流れの中だったとはいえ、そう言ってしまうと、日本の伝統行事がないこととなり、話の切り口が変わってしまいます。その後は、茶会記の話に移ったのでよかったものの、茶碗の文化に疎い素人ながら、少し心配をしました。

 最後の30分で、茶碗の写真が映写されました。この時には、多くの方の頭が上がりました。

 今日知った言葉に「倭館窯(対馬藩の韓国出張所)」があります。ここでは、韓国の民生品を中心としたコピーや注文製品が作られていたそうです。1回の窯入れで千個くらい焼けたので、1万点以上が幕府にプレゼントされたり、藩内では贈答に使われたようです。
 お話をうかがいながら、もっと画像を見せていただけないかな、と思いました。

 講演会が終わるとすぐに、近鉄奈良駅から大阪へと移動です。その途中で、興福寺南円堂が見えました。

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 新しい生活が始まったこともあり、6回目の西国三十三所観音霊場巡りを始めようと思っています。今度は、なんにも追い立てられることのない、ゆったりとした旅にするつもりです。そのため、目の前の西国三十三所第九番札所の南円堂には今は立ち寄らず、大阪へと向かいます。伊井春樹先生にお目にかかる予定があったからです。

 今日は蒸し暑い中を、京都・奈良・大阪と、三都を巡る日となりました。
 
 
 
posted by genjiito at 21:09| Comment(0) | ■講座学習
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