2019年05月29日

科研の現状報告と茨木神社と茨木童子のこと

 今回の科学研究費補助金による研究の3年目は、今年から研究基盤機関が変わったことにより、一旦リセットされた状況にあります。事務的な手続きも停滞気味なので、気を揉んでいるところです。
 この4月からの2ヶ月間は、その再起動に多大のエネルギーと時間と手間を要しています。それも、ようやく昨日あたりから、本当に少しずつではあるものの、何とか動き出したことを実感し出しました。勝手がわからないこともあり、とにかくノロノロ運転ですが……

 プロジェクト研究員として活躍していただいていたOさんも、熊取という遠いところから箕面キャンパスまで、まさに遠路遥々この科研の研究支援に来てくださっています。少しずつ新しい機関での書類の形や動かし方がわかり、作業が進み出しました。
 先週から来てもらっているアルバイターのY君には、翻訳本の整理を精力的にしてもらっています。いい人材が見つかりました。まだ学部3回生です。しかし、信頼して任せられるということは、得難い人材を獲得したことになります。この科研は、若手研究者を育成する、ということも目的と活動の中に明記しているので、幸先の良いスタートとなったと言えるでしょう。
 情報収集や作業データの整理に使うパソコンについて、私はこれまでの30年近くにわたり、終始Macintoshで対処してきました。今回も同じです。すでにOさんはMacintoshを使いこなしておられます。Y君は今日が初めてだというMacintoshのセッティングも、無事に終わりました。
 新しい箕面の研究室は、まだ本格的な科研の運用までは整っていません。運び込んだ資料などが実際に活用できるように整理できるのは、もうしばらく時間がかかりそうです。いい研究成果を出すためにも、この時期の資料整理が大事です。本の山を崩して、すぐに資料が探せるように並べることが最優先課題です。

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 今年度からは、『万葉集』や『百人一首』など、『源氏物語』前後の和歌集も扱います。その準備を、Y君にお願いしています。

 この科研では、多くの方々とのコラボレーションによって、情報収集・整理・考察を展開していきます。そのためにも、この日本古典文学作品の翻訳の分野では、基礎的な研究基盤の整備は欠かせません。ほとんどなされていない分野なので、地ならしに時間がかかっています。もうしばらくはアイドリング運転状態であることを、お伝えしておきます。いま少しのお時間を……

 仕事帰りに、阪急茨木市駅に近い茨木神社に、科研の調査研究が順調に進展するようにと、神様にお願いしてきました。信仰心のない私です。しかし、これまで、いろいろな困難と直面してきたこともあり、神頼みも必要だと思ったのです。
 神社の近くの橋の欄干には、茨木童子の石像がありました。

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 茨木童子とは、今を遡る平安時代に、大江山を本拠地にして京都を荒らし回ったとされる「鬼」のことです。一般的には、茨城童子と書いています。酒呑童子の家来だった茨木童子は、堀川にかかる一条戻橋に出て来ます。それを、渡辺綱が腕を切って難を逃れたという伝承は、よく知られています。渡辺綱が茨木童子の腕を切り落としたのは、実は羅生門でのことだった、という話もあります。いや、茨木童子は「男の鬼」ではなくて、「女の鬼」だったとも言われています。
 その茨木童子の石像を見ながら、茨木市駅に向かって歩くと、すぐに茨木神社の標柱と出くわします。

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 本殿に向かうと、整然とした境内が見えます。

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 帰りは、かつてあった茨木城の搦手門を潜って東に真っ直ぐ歩きました。庶民的な、昭和の雰囲気を感じる商店街を抜けると、阪急茨木市駅に至ります。

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 気持ちの良い散策となりました。
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ・ブラリと
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