2019年05月15日

京洛逍遥(552)洛陽三十三所(19)今熊野観音寺

 洛陽三十三所の第25番札所「法音院」からさらに奥にある20番「泉涌寺」に向かって参道を進みます。すると、左手に19番「今熊野観音寺」への分かれ道に出合います。

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 紅葉の中にお寺があります。

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 次の写真にある入口の右側の側道を行くと、18番「善能寺」への近道となります。これはまたこの次に書きます。この今熊野は、西国三十三所の札所でもあります。

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 本堂の下の弘法大師の立ち姿が人目を惹きます。その足元に3人の子供がいる、印象的な大きい石像です。

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 家族と一緒に、何度も西国三十三所巡りでここに来ています。この前は、今から8年半前です。
 「西国三十三所(14)今熊野観音寺」(2010年10月16日)
 子供たちが、この太子様の周りを回って遊んでいました。母も、このお寺が大好きでした。落ち着いた境内が、おのずと安心させたのでしょう。今、当時の写真と見比べると、お大師さまの前に立てられている説明板が、左右逆になっています。左側から本堂へ行く方が多いからでしょうか。

 書いていただいたご朱印は、次のものです。

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 以下、ホームページ「洛陽三十三所観音巡礼」から今熊野観音寺の略説と地図を引きます。

御詠歌
 むかしより たつともしらぬ いまくまの
   ほとけのちかい あらたなりけり

観音寺は八二五年頃(平安時代)嵯峨天皇の勅願により弘法大師が開創されました。

御本尊は大師が熊野権現より授かった一寸八分の観音像を胎内仏として自ら彫刻された十一面観世音菩薩であります。

後白河上皇は、当山を深く信仰されて新那智山と号し、今熊野観音寺と称されました。

洛陽三十三所第十九番札所、厄除開運の寺として知られた特に頭痛・病気封じ・知恵授かりの霊験あらたかな本尊として広く信仰され、また西国第十五番霊場、ぼけ封じ観音第一番霊場ならびに京都七福神巡りの恵比寿神をおまつりする寺として全国から祈願の参拝者が絶えません。

当山は千二百年近きにわたって数々の歴史を秘め、新年厄除大祈願祭・京都七福神祭・彼岸会・盂蘭盆会・秋の四国霊場お砂踏法要などの伝統行事でにぎわいます。

境内は四季、山の緑が美しく、春の梅・桜、秋の紅葉は訪れる人の心をとらえて見事です。


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 今回の写真も、先週5月5日に撮影したものです。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◎京洛逍遥
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