2019年05月11日

日比谷で源氏の橋本本(11)を読んだ後は共立女子大学へ

 日比谷図書文化館で『源氏物語』を読む講座がありました。
 始まる前に、書道家の宮川保子さんと地下のレストランで会い、ハーバード本『源氏物語』の臨模本のことで確認と打ち合わせをしました。

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 宮川さんは、明後日から共立女子大学で開催される「共立女子大学図書館所蔵貴重和書展示 本の見た目を楽しむ」で、ハーバード本の臨模・複製本を展示なさいます。その前に、見てもらいたいとのことなので、展示する前に完成した臨模本を拝見しました。昨夏、ご一緒に国立歴史民俗博物館と米国ハーバード大学へ足を運び、原本の実見と調査を行なったので、そのことを踏まえての出来具合の確認でもあります。実によく出来ています。
 以下、「須磨」「蜻蛉」「鈴虫」の順に、各巻頭部分と装飾料紙に本文が書写された紙面を掲載します。

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 展示の準備のために、宮川さんは共立女子大学へ、私は橋本本『源氏物語』「若紫」を読む講座のために4階の小ホールへと急ぎました。

 今日の古文書塾「てらこや」での講座は、41丁裏1行目の「八なれぬ」からです。ただし、前回(3月16日)は早く進んだためにお話し忘れていたことの確認をしました。

 41丁表7行目に「【京】古くわ多里な累尓」(京こくわたりなるに)という語句があります。これは今テキストにしている橋本本だけが持つ独自異文です。ここは、中山本が「六条わたりなるに」(「変体仮名翻字版」が未完成なので通行の翻字で引用)とあり、それ以外の15種類の写本が「六条京極わたりにて」としています。つまり、次の三種類の本文が確認できる箇所なのです。

(1)「京極わたり」(橋本本)
(2)「六条わたり」(中山本)
(3)「六条京極わたり」(諸本15本)


 私は、かねてより〈傍記・傍注〉が書写の過程で本行に混入することで異文が発生する、という仮説を提唱しています。その視点から言うと、ここは「京極」か「六条」が本行の本文の右横に書かれており、それが書き写される過程で当該語句の前か後ろに傍記の語句が混入した可能性が高い、と考えるべき用例だと思います。混入した結果が、「六条京極わたり」となるのです。
 ということは、橋本本か中山本が平安から鎌倉時代に伝わっていた本文であり、鎌倉時代以降にそれ以外の諸本のような本文が伝わった、と考えるのが自然でしょう。今読まれている大島本などは、混成後の本文と考えたらどうでしょうか。
 この一例だけでは、単なる思いつきであって、論証したことにはなりません。しかし、私がこれまでにこうした用例をいくつも取り上げて論証して来たように、こうした例を一つずつ積み重ねていくことは、今後の研究基盤を構築する上で大事なことだと思っています。

 また、今日確認した本文の41丁裏には4例の仮名文字「天(て)」があり、「弖・氐」は一例も見当たりません。この前丁の41丁表にも、5例の仮名文字「天(て)」があり、「弖・氐」は一例も見当たりません。しかし、その前後の丁では混在しています。これらは、どのような背景があっての現象なのか、気がついたら教えてください、ということも受講生のみなさまに語りかけました。

 今日は、初めてこの講座に参加する全盲の高校1年生のOさんが来ていました。『変体仮名触読字典』と『触読例文集』を横に置き、テキストを立体コピーにしたものを前にして、必死に触読に挑んでいました。彼女にとっては、まったく初めての体験です。もちろん、彼女の横では触読で大先輩の尾崎さんが手助けをしています。いつものように、土屋さんも後ろからアシストしてくださいました。
 初めての変体仮名を、しかも生まれた時から目が見えなかったOさんにとって、とんでもない世界に置かれた気持ちだったことでしょう。しかし、終わってからの感想は、これからも引き続きこの写本を読むことを続けるという、力強い言葉でした。安堵すると共に、頼もしく思いました。

 とにかく、Oさんには、触読に挑戦するという強い意志が感じられます。過日、5月1日の京都ライトハウスでの「点字付百人一首」の会で初めての出会いがあってから、無事に今日が迎えられたのです。やりたいと思う時にやってみる、ということはいいことです。Oさんはまだ高校1年生です。今は暗中模索でも、きっと一条の光を手繰り寄せて、尾崎さんのように全盲でありながらも写本に書き記された変体仮名が読めるようになることでしょう。その過程を後押ししながら、一緒に触読の道を歩いて行く気持ちを固めました。

 ダメでもともとなのです。1文字ずつ指で触って自分のものにして、知らず知らずのうちに変体仮名が読めるようになっていた、となることを願って、彼女の孤軍奮闘のお手伝いをしていきます。
 講座にお集まりの皆さまも、温かいまなざしで見守ってくださっていました。
 もっと読みたいということで、今後は尾崎さんが機会を作っては一緒に触読の勉強を手助けしてくれることになったようです。尾崎さんは、今春修士課程を無事に終え、教員免許を取得しました。今は、司書の資格を取るための勉強をしています。この二人は、お互いに刺激し合いながら、触読の技術を高めていくことでしょう。頼もしい若者二人と、これから毎月、日比谷で会うことができます。私にとっても、楽しみが増えました。

 そんなこんなで、今日は半丁分、41丁裏の最終行末まで確認しました。
 次は、42丁表の1行目からです。

 講座が終わってからは、宮川さんが臨模された写本が共立女子大学で展示の準備に入ったということなので、講座に出席なさっている十数人の受講生の方々と一緒に駆けつけました。
 きれいに飾り付けてありました。
 来週の中古文学会は共立女子大学が会場校であり、大学ご所蔵の古典籍と一緒に、このハーバード本の臨模本が展示されます。どうぞ、じっくりと見てください。そして、この本がどのようにして書写されたかというプロセスを、展示資料を通して追体験してみてください。
 紙の調達から丁子染めの吹き絵など、何から何まですべてを宮川さんがご自分でなさったのです。その製作工程の詳細は、共立女子大学の展示会場で配布される「『源氏物語』の複製本の製作過程−ハーバード本「須磨」・「蜻蛉」・歴博本「鈴虫」−」に写真付きで解説されています。ぜひ手に取ってご覧ください。写本のための料紙が用意され、その料紙に物語の本文が書写され、綴じられていく様が写真とともにわかりやすく再現されています。解説のプリントを制作された共立女子大学の岡田ひろみさん、ご苦労さまでした。わかりやすいプリントで、ありがたい資料となっています。

 この準備が進む展示会場で、30数年前にコンピュータが縁で知り合った内田保廣先生と出会うことになりました。コンピュータを活用すると、文学・語学の研究が新しい展開を見せるはずだ、という大きな夢を抱えて、研究分野は異にしてもご一緒にさまざまな活動を展開した時の先輩です。内田先生は、国文学研究資料館で私を見かけたとおっしゃいます。しかし、私の方は気付かなかったので、30年ぶりの出会いであり、懐かしくお話をする機会を得ることとなりました。元気に自分のやりたいことができていることは、本当に幸運なことなのだと実感しました。

 その後は、共立女子大学の前にある学士会館で楽しい談話会です。講座の受講生の一人であるSさんが、次回からOさんの横でアシストをしてもいいと申し出てくださいました。ありがたいことです。

 私は、明日は岡山のノートルダム清心女子大学へ行く予定があるので、早めに失礼しました。話題が尽きない仲間とのおしゃべりは、いろいろなヒントがもらえていいものです。新幹線の中では、この文章を書きながら、ゆったりとシートに身体を沈めました。これから、心地よい疲れに身を委ねることにします。
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ■講座学習
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