2019年04月16日

谷崎全集読過(32)「或る漂泊者の俤」「母を戀ふる記」「不幸な母の話」

■「或る漂泊者の俤」
 中国・天津での話です。ボロボロ、ヨボヨボの男の姿を丹念に描きます。街の活気や賑わいを言葉で再構築しようとする中で、この男の尋常ではない様が浮き彫りになっていきます。雰囲気を伝える手法を模索する中での、作者としては文章修行の一つのように思いました。【2】
 
初出誌:『新小説』大正8年11月号
 
 
 
■「母を戀ふる記」
 日本橋での豊かな生活を畳み、片田舎に逃れての貧しい、惨めな生活に身を置くことになった、少年時代の自分の姿や考え方が五感を織り交ぜて語られています。冒頭の夜道の描写が印象的です。街道を歩き続けながら、見えたもの聞こえたもの会った人のことを、天空に月を置いて夢語りが続きます。母恋しさに想いを込めて綴られた作品です。【4】
 
初出誌:『大阪毎日新聞』『東京日日新聞』大正8年1月〜2月
 
 今回読んだ『谷崎潤一郎全集』の解説で、伊藤整は次のように言っています。
教科書などにもしばしば掲げられてゐる「母を戀ふる記」(大正八年一月、「大阪毎日」「東京日日」)は、母を描いたこの作家の小説としては究極的なものである……(239頁)

 
 
 
■「不幸な母の話」
 兄の結婚以来、母は人が変わったように別人になったと言うのです。息子たちの新婚旅行中に、嬉しさのあまり後を追って行き合流する母。しかし、帰りに船が転覆し、兄が母よりも妻の方を先に助けたことから、母の息子への失望から駄々っ子ぶりが酷くなるのでした。このおもしろおかしい展開に、読者は惹きつけられます。語り手の兄の遺書が、また読者を釘付けにします。谷崎の物語の設定がうまいところです。まさに、「カルネアデスの舟板」の話です。偶然とはいえ、人間の根源を突く物語といえるでしょう。【5】
 
初出誌:『中央公論』大正10年3月号
 
 
 
posted by genjiito at 19:16| Comment(0) | □谷崎読過
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