2019年03月26日

読書雑記(255)山本兼一『夢をまことに』附[山本兼一の記事一覧]

 遺作となった『夢をまことに』(山本兼一、文藝春秋、2015.2)を読みました。

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 これで、山本兼一が生涯に書き残した著作のすべてを読み終えたことになります。
 この記事の末尾に、これまで本ブログに書いてきた山本兼一に関する記事をリストとして掲載しています。気ままにその他の物語に関する私見をお読みいただけると幸いです。

 本話は、「夢はまことになる。」で始まり、その後に、「絵空事はまことになる。」とあります。私の大好きな展開が期待できます。
 主人公の一貫斎は、鉄砲鍛冶が生業の国友村が抱える裁判のために江戸に出ます。その担当部署である寺社奉行について、「寺社奉行は、寺社ばかりでなく、連歌師、楽人、検校、陰陽師、古筆見なども管掌しているのだそうだ。鉄炮鍛冶は、これらの人々と同列の扱いということだ。」(30頁)とあります。「連歌師、楽人、検校、陰陽師、古筆見」とあることを知り、寺社奉行が? と、意外な思いでいます。
 さて、江戸時代でも裁判は長期間かかったそうです。そこで一貫斎はその間を好機とばかり、かねてより知りたかったさまざまなことを学ぼうとします。
 その日記に、次のように記します。

 旅日記に今日のできごとを簡潔に記し、手控えに、さきほど思いついた格言を書いた。
−自分で考え、自分の歩幅で歩くべし。(56頁)
 
 人間は、世の中で通用している常識を、根拠もなく信じてしまう生き物らしい。
−なにごとも、根本から疑ってかかるべし。
 一貫斎は、手控えにそう書き記すと決めた。(71頁)
 
−技術は人柄だ。
 つくづく感じて、手控えにその一行を書き留めた。仕事に対する熱意が人間の根本にあればその人なりのやり方と努力で技を磨き、成功できるのだ。(78頁)
 
−仕事は生きる楽しみ。
 思いつきで口にした言葉だったが、すぐに筆を手にした。
 なかなか正鵠を射ている。控えに書きつけるために、一貫斎はすぐに筆を手にした。(116頁)
 
−驚いたあとは、しっかり学ぶことだ。
 一貫斎は、そのこともまた、手控えに書きつけ、しっかりと肝に銘じた(156頁)


 ただし、この手控えとしての日記に一貫斎が記した思いつきや格言らしいものは、後で整理してまとめられることはありません。日記を間に挟んで物語を展開すると、また違う味の作品に仕上がったことでしょう。今作は話が飛びすぎていたと思われるので、私は整理しながら進めて行ったらよかったのに、と思いました。無い物ねだりですが。

 とにかく、知的好奇心と行動力に長けた一貫斎は、次々と新しいことに妙案を出し、頭角を表すのでした。
 オランダから伝わった風炮(空気銃)を何度もじっくりと見る内に、一貫斎はさまざまなことを解明します。疑問を持つことが解決への道を開くのです。追求することの意義を、次のように言います。

 大切なのは、とことん追求する気持ちだと思うようになった。
 世の中には、不思議なことが山ほどある。なぜ、朝になると太陽が東から昇って、夕方になると西に沈むのか。
 考えてみれば不思議きわまりないことだが、日本人は、日輪が昇るのをありがたがるだけで、なぜ昇って沈むのか、その理を独自に究めた者はいなかった。
 月が満ちて欠けるのもいたって不思議なことなのだが、日本人はそれを愛でるばかりで、不思議の理を解明しようとはしなかった。
 ヨーロッパの人間のなかに、それをとことん考え抜いて、解き明かした者がいる。
−当たり前のことにひそんでいる不思議を見抜く心だ。
 この世界のことには、すべて理があるのだ、と考えてはいたが、一貫斎は、まだまだ目の前に起こっている不思議を見逃していた。(150頁)


 一貫斎は平田篤胤と、神の摂理や宇宙の本義について問答をします。なかなか読ませる場面です。
 ただし、この第3章の後半に置かれた天狗少年の話は必要だったのでしょうか? 40頁もの分量があるので、残されていた一貫斎に関する資料があり、その記事を基にして逸話風に描いたのでしょう。しかし、一貫斎の知的好奇心を語るのにはいいとしても、作品全体としては冗長となり不要な話だと思いました。後に、「江戸で天狗小僧に会って刺激を受けてから、発想がさらに自由自在にふくらんで、とりとめがなくなっている。」(413頁)とあります。しかし、その効果のほどはないように思います。

 私は、「役に立つ道具」の節(318頁)が一番おもしろく、ワクワクして読みました。特に、万年筆を開発し、京都や大坂に売りに行くところは秀逸でした。夢をまことにしようとする一貫斎が、活き活きと語られているからです。

 また、夢を実現するための心構えを、一貫斎は次のように語ります。

「どうすれば、そんなことに気づけるようになるのでしょうか」
 熊太郎が真顔でたずねた。一貫斎は思わず笑みをもらした。
「ずっと考え続けているのです。どうすればうまくいくのか、ただそれだけを考え続けているのです。頭がこちこちになるまで考えて、くたびれたら別のことをしてから、新しい気分でまた考えるのです」(335頁)


 一貫斎は、今で言う空気銃、望遠鏡、万年筆、無尽灯、海に潜る船、空を飛ぶ船を実際に作り上げようとしたのです。そのほとんどが完成しました。発想の柔軟さと辛抱強さの成果です。
 そうした一貫斎の思いつきのいくつかは、林子平の『海国兵談』にあることが、加賀の斉泰公から指摘されます。30年も前に、すでに考えた人がいたのです。しかし、物を作って実現することの大切さは、一貫斎に一日の長があります。最後は、望遠鏡の開発話で楽しめます。
 まさに、「夢をまことに」ということを本書で追体験できました。我がことを振り返り、我が身と引き比べながら読みました。共感の多い物語でした。
 2015年2月に文藝春秋社から刊行された本作は、2014年2月13日に満57歳で亡くなった山本兼一氏の遺作となったものです。【4】

初出誌:「京都新聞」2012年7月16日〜2013年6月30日
    (刊行にあたり修正)

[山本兼一の記事一覧]



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「読書雑記(217)山本兼一『まりしてんァ千代姫』」(2018年01月08日)

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「読書雑記(209)山本兼一『黄金の太刀』」(2017年09月07日)

「読書雑記(197)山本兼一『おれは清麿』」(2017年03月17日)

「読書雑記(178)山本兼一『ジパング島発見記』」(2016年08月28日)

「読書雑記(171)山本兼一『弾正の鷹』」(2016年07月05日)

「読書雑記(168)山本兼一『いっしん虎徹』」(2016年06月17日)

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「読書雑記(146)山本兼一『白鷹伝 戦国秘録』」(2015年11月18日)

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「読書雑記(124)山本兼一『命もいらず名もいらず 上 幕末篇』」(2015年04月30日)

「読書雑記(100)山本兼一『利休の茶杓 とびきり屋見立て帖』」(2014年06月03日)

「読書雑記(99)山本兼一『花鳥の夢』」(2014年05月30日)

「読書雑記(98)山本兼一『銀の島』で追悼」(2014年05月22日)

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「読書雑記(57)山本兼一『ええもんひとつ ―とびきり屋見立て帖』」(2012年12月19日)

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posted by genjiito at 23:34| Comment(0) | ■読書雑記
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