2019年03月14日

第12回研究会の後に研究室と作業室を撤収退去

 「海外における平安文学」の第12回研究会を、大阪観光大学明浄1号館4階141セミナールームで開催しました。

190314_tirasi.gif

 開会の挨拶を私がした後、参会者の自己紹介がありました。

続いて、

(1)大山佳美さん(本科研プロジェクト研究員)から「2018年度の活動報告と2019年度の活動予定」が報告されました。その多彩な活動の中身は、近日中にホームページを通して公開します。

 引き続き研究発表です。

(2)小笠原愛子さん(和歌山工専・講師)が、「桐壺更衣に準えられた后妃たち −『今鏡』の后妃記事に見る『源氏物語』享受の様相−」と題して、歴史物語の新しい見方を示してくださいました。
 『今鏡』は平安時代の秩序と違う書き方をしている、ということから始まり、「桐壺」巻ではできなかった皇妃の扱いが、院政期ではできたことが多い、という指摘がありました。『今鏡』は、あまり読まれない作品です。それだけに、さまざまな切り口があることがわかりました。特に、桐壺更衣に重ねられる美福門院得子などには、翻訳とでも言うべき変容がうかがえて興味深い発表でした。
 質問としては、平安時代に日本書紀が読まれていたけれども、それが中断されてから、『大鏡』はどれだけ読まれていたのか、『今鏡』も当時はどれだけ読まれていたのか? などなど。時代背景に関するやりとりがありました。

 続いて、もう一つ研究発表です。

(3)フィットレル・アーロンさん(大阪大学・講師)は、「本歌取りの翻訳の可能性について」と題して、『新古今集』を中心とした和歌を英訳した場合を例示して、本歌取りに関する英訳の特色と違いを検討するものでした。Honda 訳、Rodd 訳、Mostow訳を比較検討しながら、引歌の認定や解釈の諸相に切り込むものです。あくまでも中間報告としながらも、多彩な観点からの考察です。
 質問としては、翻訳者においてルールがあるのか、とか、西洋の引用などの実態についてや、解釈と美的な視点での格調の違いについて、などがやり取りされました。
 帰りに電車の中でフィトレルさんから、『平安文学翻訳本集成〈2018〉』の翻訳史年表の間違いをいくつか指摘していただきました。忘れない内に、ここにメモとして残しておきます。
1978『枕草子』
 ハンガリー語 → ルーマニア語
1977『枕草子』
 ハンガリー語 → ルーマニア語
1875『土左日記』
 ドイツ語 → 英語

(4)最後は研究協力をしてくれた学生たちです。「2018年度の活動から学んだこと」と題して、アルバイトとしてこの科研での調査や研究に関わって来ての感想を、一人ずつ述べてもらいました。

・街中の変体仮名が気になりだした
・本屋で洋書コーナーに行くようになった
・知らない言語を見るのが楽しくなった
・展示を通して多くのスキルを学んだ
・編集でフォントの違いと扱い方を知った
・仕事の裏側を知って人の苦労がわかった

 とにかく、楽しくディスカッションができる仲間たちと一緒に、いろいろなことに挑戦した2年間でした。今日で、活気に満ちた研究室と作業室は、すべての物を撤収したために何も物がない部屋となりました。幕が下ろされた、というのが一番正しい表現でしょう。
 充電式の掃除機が、途中でバッテリーが切れたために、絨毯などの掃除が完全ではないことが心残りです。それでも、研究生活を支えてくれたフロアには感謝の気持ちを込めて、丁寧に掃除をしました。気持ちよく退去することとなりました。
 8階の研究室と作業室の2部屋の鍵と、私の職員証を事務の担当者に返却したのは、3月14日(木)午後5時半だったことを、ここに記し留めておきます。

 慌ただしく研究室を出て、駅前のインド料理屋での懇親会へと移動しました。多彩なメンバーが寄り集まったこともあり、さまざまな話題で楽しく親しく話ができました。
 8時まで盛り上がったこともあり、家に辿り着いたのは日付が変わる直前でした。
 この科研に関わってくださった方々に、あらためてお礼を申し上げます。
 多くの方々に助けられながらの2年間でした。
 ありがとうございました。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ■科研研究
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。