2019年03月04日

吉行淳之介濫読(19)『すれすれ』

 この『すれすれ』は、さまざまなバージョンで刊行されています。吉行淳之介の刊行書はほとんど持っているので、その中でも今回は珍しい〈カラー小説新書〉(挿し絵:風間完、広済堂出版、昭和44年5月)で読みました。

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 ハンカチタクシーと呼ばれた白タクを始めたばかりの石原沢吉の話から始まります。
 初日からイチャイチャする腹立たしいカップルを乗せる羽目に陥りました。タクシーの後部座席で展開する人生模様が語られていきます。
 そして、しだいに沢吉は、女性を口説き落とすためのテクニックを、乗客から学ぶようになるのです。また、そのエピソードが軽妙に語られるので、楽しく読み進められます。このユーモア混じりの語り口が、吉行淳之介の特徴です。
 沢吉は、ドンファンとして悪名高かった亡父竜一の資質を受け継いでいることを確かめようとしています。「親父の秘伝書」なるものを追い求めて生きているのです。そのありかを知るヒントは、小花という女です。女遍歴は、その確認でもあるようです。ドンファン開眼を目標にして、女性を渡り歩く日々なのでした。
 そんな中でも、男娼と大腸菌の話は大いに楽しめます。
 新宿の女給に「波奈子」がいます(94頁)。名前が、今の平仮名の字母なのです。「はなこ」となっていないので、あれっと思いました。
 全編にホテルは「温泉︎」のマークで表記されています。これが意外と効果的です。情事につきものの湿っぽさがなくなるからです。
 亡父竜一が残した物が何かは、秘伝書かどうかはともかく、小花という女性がその秘密を握っていることが明らかになって以来、その何ものか探しが物語を引っ張ります。そして、ついにその遺品を手にします。それは、千本もの曲がりくねった細毛のコレクションでした。なかなかユーモラスな展開を楽しめます。
 軽妙な語り口の中に、男の物の考え方がよく描かれています。その純粋な思いに発する思考過程が。
 井原西鶴『好色一代男』の世之介の話が出てきます。後に、現代語訳をすることになる作品です(昭和55年『海』に16回の連載)。すでに、この時から興味のある作品だったのです。
 沢吉は理髪師の山藤から、亡父竜一と一緒に研究をしていたという『陰翳分析』というノートを見せられます。亡父の遺品である細毛を貼り付けたアルバムは、この研究ノートの付録のようなものだというのです。科学的、統計学的な研究だというのですから、作者の薄ら笑いが伝わってきます。
 最終章は、「はるばるきつるものかな」となっています。作者のウイットが最大限に生かされた終わり方です。【4】


初出誌:『週刊現代』(昭和34年4〜12月、連載38回)
※手持ちの角川文庫の表紙絵(松野のぼる)と「あとがき」を引きます。
 この角川版の巻末のメモには、「昭和51.12.20 修論を出して池袋で購入 昭和51.12.23 読了」とあるので、論文執筆で張り詰めていた日々の解放感から一気に読んだことがわかります。

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 この作品は、昭和三十四年に書いたもので、私のはじめての週刊誌小説である。当時としては、「天下の奇書」と呼んでもよいようなものだと自負していたが、今の時代ではそれほどではないだろう。ただ、「奇書」の趣はかなり残っている。
 時代風俗については、私はあまり作品に取入れないほうだし、時代感覚についても現在とズレはない、とあらためて読み返してみて感じた。一つだけ困るのは、主人公の商売である「ハンカチ・タクシー」である。これは、いまの夜の銀座では「白タク」(ナンバー・プレートが白だからだろう)と呼ばれて実在しているが、すべてヤクザの商売の一環である。
 十五年前には、シロウトが自家用車を走らせて、モグリの営業をやることが可能であった。当然、法律には触れるので、ハンカチを買ってもらうかわりに車に乗せる、という体裁をとっていたから、「ハンカチ・タクシー」と呼んだと聞いたことがある。実際には、乗ってみてもハンカチはくれなかったが。本篇の主人公の石原沢吉くんも、そういう時代のモグリ稼業の一人である。
 この作品が、どこまでいまの時代に受け容れられるか、作者としては興味がある。(353頁)

 
 
 
posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | □吉行濫読
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