2019年02月17日

モンゴル出身力士の千昇さんと両国で語る

 日比谷図書文化館の講座が終わってから、地下鉄を乗り継いで両国駅に向かいました。行き先はモンゴル料理の「ウランバートル」。

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 初対面の千昇秀貴(エンフバートル・バヤルバト)さんは、横綱白鵬と同期生の相撲取りでした。今は、白鵬を支援しながら、大志を抱く実業家です。
 化粧回し姿の写真をいただきました。ファンだった方もいらっしゃることでしょう。

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 その千昇さんと、縁あってモンゴル料理をいただきながら長時間、さまざまな話題で楽しく語り合いました。
 千昇さんは、ウランバートル出身で、初土俵は平成13年です。幕下と三段目で優勝。平成24年に十両にあがり、相撲の世界から離れてからは、モンゴルの大草原の中を疾駆する勇姿を彷彿とさせる勢いで、夢に向かって若者と事業を展開しておられます。私も、負けず劣らず夢語りが好きなので、時間を忘れてモンゴルに旅したことに始まり、チンギスハンやコンピュータのことなど、久しぶりに夢満開の時間を共にすることができました。
 特に戦争の話では、お互いの家族のことで話題が合いました。千昇さんのお爺さんは1921年生まれ。私の父は1916年生まれ。共に戦時中は満洲の地(チチハルやハルピン)では、敵同士だったのです。終戦後、父はシベリアに抑留され、千昇さんのお爺さんは医者としてロシア軍と共に日本軍と戦われたのです。奇遇というべきか、父も軍医。もっとも、馬の医者でしたが。
 凍土で亡くなった方々の冥福を祈りながら、今後の友好を誓い合いました。ここに書ききれないほどの、貴重な話ができました。
 千昇さんは、多くの写真を持ってきてくださいました。その写真の1つ1つは、あらためて確認します。

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 モンゴルで働く日本軍の捕虜兵士の写真も見せてくださいました。これも貴重です。何らかの形で、日本の遺族の方々に渡ったらいいと思いました。

 私がモンゴルに行ったのは2010年1月です。零下34度の凍てつくウランバートルを、2週間かけて飛び回りました。
 あらかじめ私の調査旅行記でもあるブログを見てくださっていたので、お互いの情報が共有されていたことも幸いし、豊富な話題で話が盛り上がりました。ブログの中から、話題となったことに関するリンク先のいくつかを上げておきます。特に、「亡父の代わりに日本人墓地跡へ」で書いたことは、戦争について理解を共有するものとなりました。
 なお、父が生きていたら行きたいであろう戦没者の墓地へ、代わりに私が行っています。モンゴルがそうだったように、昨春はミャンマーの慰霊碑に詣でました。「戦没者慰霊碑や旧王宮や2つの日本語学校を飛び回る」(2018年03月16日)。また、「読書雑記(198)船戸与一『残夢の骸 満州国演義9』」(2017年04月28日)では、ビルマでのインパール作戦にも触れながら、ミャンマーやシベリアと両親の満州暮らしにも言及しています。おついでの折にでもご参照願います。

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「マイナス34度のウランバートルに到着」(2010年01月10日)
「雪の中のゲルを訪問し馬に乗る」(2010年01月12日)
「モンゴル語訳『源氏物語』の話」(2010年01月13日)
「読み継がれる日本センターの本たち」(2010年01月15日)
「チンギス・ハーン像に上る」(2010年01月16日)
「モンゴル相撲観戦記」(2010年01月17日)
「亡父の代わりに日本人墓地跡へ」(2010年01月17日)
「モンゴルでの日本語教室に参加」(2010年01月18日)
「モザイク壁画の前に佇んで」(2010年01月21日)
「山岳寺院と宮殿博物館と写本文化」(2010年01月22日)
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 遅くなったので昨夜は蔵前に泊まり、今朝は所用のために大急ぎで帰洛です。
 何気なく調べた乗り換え案内のアプリを見て、アレッと思いました。お茶の水駅での乗り換えが変なのです。

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 総武線「三鷹行き」からお茶の水駅で中央線の「東京行き」に乗り換えるのに、「同じホーム乗換」とあるのです。到着ホームのすぐ向かいに東京行きが来るのですから、これはラッキーです。工事か何かで、ホームの利用が変わったのかなと思いながら乗りました。しかし、お茶の水駅に着くと、予想通り中央線は連絡橋を渡った反対側のホームでした。上の画像を見ると、総武線は2番線に着き、乗り換え後の中央線は4番線から発車するという情報が確認できます。やはり、「同じホーム乗換」という表示がおかしいようです。
 大したことではありません。しかし、荷物が多かっただけに、階段の昇り降りが予想外にきつくて、別のルートで東京に出ればよかったと思いました。

 いつものように富士山には気品を感じます。

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 帰りを迎えてくれる京都タワーは気持ちを引き締めてくれます。

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 その点では、東京スカイツリーには何も感じません。
 「江戸漫歩(56)佃テラスから見るスカイツリーと業平橋駅」(2012年05月23日)に書いたように、「なりひらスカイツリー駅」にでもしたらよかったのに、と思っています。
 今回は、そのすぐそばに泊まっていました。
 しかし、シャッターは押していません。
 
 
 
posted by genjiito at 19:40| Comment(0) | ◎国際交流
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