2019年02月12日

清張全集復読(31)「黒地の絵」「氷雨」「額と歯」

■「黒地の絵」
 1950年の夏、小倉の祭で太鼓が鳴り響きます。しかし、朝鮮戦争に向かうために駐留していた黒人部隊は、戦地に赴く恐怖心から大胆な行動をします。300人もの脱走です。そのうちの6人が留吉の家に押し入り、妻芳子を襲ったのです。清張の憤りが気迫を持って語られます。
 また別の話では、朝鮮での戦死者を小倉に回収して死体処理をしていたというのです。その作業の内容がつぶさに描写されています。死体解剖の実情もリアルです。その詳細な情報を、清張はどうして集めたのかが気になりました。
 さて、留吉は黒人死体の刺青を調べていました。自分だけが知っているあパターンのものです。妻を襲った黒人をつきとめたい思いから、この仕事をしていたのです。そしてついに探し当て、ナイフで切り取ります。
 人間の常軌を逸した行動を、淡々と語ります。清張の歪んだ社会を見つめる目と、冷徹に人間を見つめる姿が浮き彫りになっています。【4】
 
初出誌:『新潮』(昭和33年3〜4月)
 
※『松本清張全集 37』(文藝春秋社、1973.7.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」には次のようにあります。
 「黒地の絵」は、朝鮮戦争中に実際に九州小倉に起こった事件で、この騒動のとき、私もその暴動地域のなかに住んでいた。しかし、黒人のこの暴動は、関係のないところでは全然気がつかれずに、私も翌朝になって事実を聞いたような次第だった。新聞には小倉キャンプの司令官が遺憾の意を表する意味の抽象的で簡単な発表をのせただけで、事件の詳しい報道は一切許されなかった。また、この短かい公式発表も北九州地区の新聞に載っただけで、全国的には報らされなかった。これを書くため小倉に戻って、当時の人たちの話を聞いたが、被害の届け出が少なかったのと、占領下だったために、現在でもよく分っていない。(51頁)

 
※参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)には、次のようにあります。
清張が生地小倉で実体験した事件をもとに新たに現地取材して書き上げた力作で、『日本の黒い霧』に代表される戦後史物の先駆となる重要な作品。(55頁)


 
 
■「氷雨」
 渋谷の割烹料理屋が舞台です。年輩と若い女中の意地の張り合いが語られていきます。一人の男を巡って、駆け引きがあります。しかし、話は盛り上がらないままで終わります。清張にしては珍しい、描こうとしたものがうまく形にならなかった、とでもいうべき仕上がりです。【2】
 
初出誌:『小説公園』(昭和33年4月)
 
※『松本清張全集 37』(文藝春秋社、1973.7.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」には次のようにあります。
「氷雨」は、新宿辺の小料理屋小景として書いた。いささか古風だが、このような女の世界は銀座あたりでもみられる。これを書いたのは昭和三十三、四年ごろで、私は飲めない酒を新宿あたりの小料理屋にときどき飲みに行っていた。(551頁)

 
 
■「額と歯」
 昭和7年に団琢磨が射殺されたことから始まります。そして、話は玉の井おはぐろどぶの死体事件へと展開します。バラバラ死体の殺人事件が迷宮入りかと思われた時でした。一人の新聞記者が、警察のトイレで刑事が口にした犯人逮捕の囁きを耳にしたことから、新聞記事が物語の表面に躍り出ます。新聞記者の経験がある清張だからこその、記事を書く記者の側からの事件が語られていきます。後半は一気に読まされました。ただし、話としてはそんなに凝ったものではありません。作者の自己の体験から生まれた話です。【3】
 
初出誌:『週刊朝日』(昭和33年5月)
 
 
 
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | □清張復読
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