2019年02月11日

清張全集復読(30)「点」「拐帯行」「ある小官僚の抹殺」

■「点」
 脚本家の伊村のもとに、突然持ち込まれたメモ。九州の小説家という笠岡から、子供を介して話のネタと思われる「素材」が届きます。それを、押し売りのように買いとらされます。本人にあった所から、人間観察が始まります。警察、スパイ、共産党、などなどの単語が笠岡の口から出ました。底辺で生きる男の姿が描かれます。どこまでが本当で、どこからが嘘なのか、その判断は読み手に委ねたまま、話は終わります。興味深い内容と、男のありようがリアルに描写されているだけに、もっと丁寧にまとめてほしいと思いました。【3】

初出誌:『中央公論』(昭和33年1月)
 
※『松本清張全集 37』(文藝春秋社、1973.7.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」には次のようにあります。
 「点」は、『中央公論』に発表したもので、九州の或る地方にいた警察側の対日共密偵に材を取った。そのころ、ちょうど小倉に帰省してその話を聞いたのだが、当人には会わなかった。人づてに知ったことを私の想像でおぎない、事実から離れた虚構にして書いたのだが、用がすめば警察から冷淡にされていく人たちに興味を持った。
 ところが、この小説が発表されたあと半年経って、当の男がとつぜん手紙をよこし、自分のことを書かれたので迷惑した、あれが村の評判になり、自分は土地にいられなくなったと抗議してきた。九州の片田舎で人の話題になるほど『中央公論』が大部数を刷っているとは思われなかったが、その後、彼自身が上京し、私に面会を強要してきた。そのときは細君と子供三人をぞろぞろ連れて、あんたのために一家が村にいられなくなったと言い、なんとかしてくれとすわりこんだ。細君は所帯やつれしていたし、子供はみんなうす汚ない格好をしていた。その後、その男は東京
で詐欺か何かをしたらしいが、小説としてはこっちのほうが面白かったかもしれない。小説を書いていると、こういう小さなトラブルが一年に一度か二度は必ず起こる。
 現実のことをモチーフにして小説を書く場合、いつも思うのは、われわれの想像力には限界があるということだ。そのため、材料の面白さに惹かれて虚構の部分がうすくなりがちである。これは事実が想像以上に強いということであり、虚構の弱さでは支えきれないということだろう。(550〜551頁)


※参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)には、次のようにあります。
零落した元スパイの暗い肖像を描いた純文学。(119頁)

 
 
 
■「拐帯行」
 集金したお金の内の35万円を懐にして、隆志は久美子と指宿へ死に場所を求めて最期の旅に出ます。「拐帯」とは、持ち逃げのことです。
 その道中で出会った、上品で穏やかな老夫婦が、この物語の意外な結末を引き取ります。心憎い構成です。【4】

初出誌:『日本』(昭和33年2月)
 
※参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)には、次のようにあります。
結末の鮮やかさが光る短編推理の傑作。(28頁)


 
 
 
■「ある小官僚の抹殺」
 警視庁捜査2課に、砂糖をめぐる政界がらみの汚職があるとの電話密告がありました。ある省の唐津課長は、岡山へ出張した帰りに大阪に寄り、熱海で自殺します。
 汚職疑獄事件で課長補佐クラスが自殺することに、清張はこの頃から興味を持ったようです。警察と上役との板挟みの中で自殺する小役人について、清張は「精神的な他殺」だと言います。
 推測に想像を重ねた語りが続きます。その推測はともかく、弱い立場の人間に対する清張の眼差しに、推理作家特有の鋭い眼光を感じました。
 なお、第七節の冒頭で「唐津淳平は熱海に二十時十分についた。タクシーで来宮の「春蝶閣」にはいったのが八時半ごろである。」とあるのは、時間的におかしいと思いました。午前と午後が混乱しているのではないかと思います。いつか、このことを調べるつもりです。【3】

初出誌:『別冊文藝春秋』(昭和33年2月)
 
 
 
posted by genjiito at 19:15| Comment(0) | □清張復読
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