2018年12月25日

吉行淳之介濫読(18)『焔の中』(追補-2019.01.14)

 吉行淳之介の『焔の中』(中公文庫、昭和53年7月3版)を読みました。

181216_yosiyuki.jpg

 昭和19年8月、二十歳の吉行のもとに召集令状が届きます。そして、O市の連隊に入営しました。さまざまな体験をする中で、軍医から気管支ゼンソクを理由に兵営を出ます。こうした経緯が、軽妙に語られています。
 吉行淳之介は、話がうまい作家です。本作でも、話題の切り替えが絶妙で、絵物語を読むように、その展開がわかります。
 昭和19年秋に、旧制高校の友人と湖で過ごしたエピソードも秀逸です。時勢もあり、死を意識した会話の中にも、達観した余裕が感じられます。
 その後も、吉行がよく使う表現の、肌にまつわりつくじめじめ、べたべたした感触が続きます。
 昭和20年5月25日の東京空襲下の家での様子は、母や女中を含めての描写が生々しく具体的です。若者の感性に満ちた視点で描かれています。
 自宅が焼け落ちる時に持ち出すものに、ドビュッシィのピアノ曲のレコードがあります。吉行らしいと思いました。実は、私は学生時代に、この吉行が好きだったドビュッシィのレコードをよく聴いていました。よくわからないままに、吉行がいいと言うので聴いていたように思います。
 そして、焼夷弾で焼け野原となった中をさまよう場面は、精細に語ろうとする姿が言葉を紡ぐ中から伺えます。吉行特有の神経が尖った筆致が生む、戦争を語る作品となっています。冷静な中に、鋭い視線と複雑な思いが交錯する文章です。
 吉行の表現によく出てくる、黒と茶色と灰色の世界は、この焼け出された時の記憶が生み出すものではないのか、と思ったりしました。
 終戦の玉音放送を大学で聞いた後、8月17日に逃避先の田舎で、吉行は次の感懐を抱くのでした。
 いったい、どうやって何の手掛りもない世の中から、生きてゆくための糧を奪い取ればよいのだろう。家財が一物も余さず焼失するまで疎開しなかった僕には、ゆっくり勉強する余裕は残されていない。それこそ、大学なぞはビール瓶のカケラに過ぎないのだ。戦争の間は、死ぬことについてばかり考えさせられてきた僕は、今度は生きることを考えなくてはならぬ時間の中に投げ出されてしまったのだ。(160頁)

 1行1行の言葉に重みのある、吉行淳之介の代名詞である軽妙からは程遠い、異色作と言える自伝作品です。

 今回読んだ中公文庫の巻末には、「S54.3.29 本荘駅前で買う」「S54.3.30 田無行きバスの中で読了」とのメモがあります。春休みに秋田へ行き、恩師の家に年末の挨拶に行く道中で読み終わったものだったことがわかります。本書の至る所にペンでチェックがあります。こんな表現に反応していたのかと思いながら、40年前の自分を感じながら得難い読書体験となりました。【4】
 
[追補1]
 本書は以下の文章5編で構成されています。
 ・1956年3月『藺草の匂い』(文藝)
 ・1956年2月『湖への旅』(文藝)
 ・1955年4月『焔の中』(群像)
 ・?『廃虚と風』?
 ・1956年4月『華麗な夕暮』(群像)

[追補2]
 手持ちで別の『焔の中』(東方社、East Books、昭和39年12月)の表紙絵をあげておきます。

190502_honoo.jpg
 
 
 
 
posted by genjiito at 20:06| Comment(0) | □吉行濫読
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。