2018年12月11日

読書雑記(252)小松左京『大阪万博奮闘記』

 『やぶれかぶれ青春記・大阪万博奮闘記』(小松左京、新潮文庫、平成30年10月)を読みました。

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 本書は、「第一部 やぶれかぶれ青春記」、「第二部 大阪万博奮闘記」の2部構成です。そして、「第二部 大阪万博奮闘記」は「ニッポン・七〇年代前夜」「万国博はもうはじまっている」「小松左京と走り抜けた日々」(加藤秀俊)の3本でまとめられています。以下では、この第二部に関して記します。

 大阪万博の言い出しっぺである小松左京氏が、梅棹忠夫氏や加藤秀俊氏に「万国博を考える会」の趣旨説明をするところ始まります(以下、敬称略)。
 昭和39年7月、小松は「万国博を考える会」を発足させました。その背景には、「京大人文研(京大霊長類学)」や「放送朝日」を通じての交流があったのです。

 まず、次の「国際」という言葉の意味の確認から。

名称も、当時新聞関係は「国際博」をつかっていたが、私たちは「万国博を考える会」にした。「万国博」という言葉は、何だか明治的で、語感として古めかしいのではないか、という意見も出たが、「国際」という単語こそ近代主義的−特に「戦後近代主義」的ニュアンスがつきまとっている、という梅棹氏の意見に、結局みんな賛成した。
「国際関係ちゅうと、特にインテリやエリートは、じきに欧米のことを思いうかべよるねン」と梅棹氏はいった。「中国との関係や、ネパールやザンビアとの関係を、国際問題と思いよれへん」
 とりわけ日本でおこなわれるとするならば、AA諸国の参加を重視しなければならないだろう、ということが、京都の発起人会の席上で、みんなの頭にすぐうかんだ。
(中略)
 いったい、関西で万国博を、という話がどこから出ているのかしらべると、どうやら通産省の輸出振興関係、それにジェトロもからんでいるらしい、ということがわかった。話の持ち上がったのも、ここ一年以内の話で、何しろまだオリンピックの方さえ開かれていないし、その成功か失敗かもわかからない状態なので、万国博が果して本当に開かれるかどうかもまだわからない。
 しめた、これなら今からトレースすれば、ある程度間にあうかも知れない、と私は思った。−その時は、まだ、自分たちが万国博を「つくる」側にまきこまれることになろうとは夢にも思わなかった。よくいえば純粋な好奇心、悪くいえばヤジ馬根性で、日本の社会の中で、この壮大なイヴェントがつくられ、利用されて行く過程を、傍でじっくりながめられると思ったのである。(255〜256頁)


 昭和15年の「皇紀」二千六百年記念に計画された、いわゆる「幻の東京万国博」のテーマは、「東西文化の融合」だったことについて、西田哲学の影響か? と小松は言います。会場は晴海あたりが想定されていたようです。こうした、大阪万博の背景にある政治がらみの話は、興味深いものがあります。
 この「考える会」の存在は、万国博の批判団体だとか、万国博協会と敵対関係にあるものだと思われていたそうです。そうした背景も、ユーモア交じりに語られています。

 小松は、「飴が歯にくっついたみたいな」万博協会とは直接折衝しなくてもいいように、深く関わらないようにして、距離を置くことに腐心しておられる姿がよく伝わってきます。お役所仕事には、徹底抗戦の様相です。岡本太郎とのくだりは鮮やかです。国家的な事業におけるお役所仕事の優柔不断さへの嫌悪は、身に染みておられたからでしょう。

 予算といえば、あの「エキスポの顔」といわれた高さ六十メートルの名物「太陽の塔」があやうく消えかかったことがある。テーマ展示の総予算は前にもいったように建設費こみのあら見積もりで三十億は必要だと、岡本氏のスタッフははじき出していた。(この金額で理事会で説明する時、岡本氏はテーマ展示には、「最低三十万円」必要だ、とやってしまった。石坂会長の「明治四十五年の万国博」とともに万国博の二大迷言とされている)
 大蔵省筋はこの規模を内々に承認していたが、監督官庁の通産側は、あまり正面に大きなものを建てられると、ホストカントリーの日本政府館が目立たなくなる、という理由で強硬に反対した。テーマ展示の総予算はせいぜい三、四億でいい、というのだ。モントリオールのテーマ予算百億と大変なひらきだ。そんな予算ではとてもテーマ展示はできないとプロデューサー側がいうと、もともとテーマなんてものは万国博にはいらないものだ、とまで極言した。(339頁)


 全編、熱気が伝わってくる文章でした。
 そして今に目を転じ、先月に開催が決定したばかりの2025年大阪万博について、現在はどのようにものごとが動いているのか、興味が湧いてきました。小松らのように、真摯な議論と検討がどこで、誰が、どのようにしてなさっているのでしょうか。いつの日にか、後日談としての「2025年 大阪万博奮闘記」を読みたいと思います。

 本書は、2025年の大阪万博が決定(2018年11月24日)を見越した刊行だけに、タイムリーな復刻版となっています。これからの2025年大阪万博の動きと比較する参考情報として、格好の資料だと思います。【4】
 
 
初出誌︰巻末に以下の情報が記されています。
「ニッポン・七〇年代前夜」
初出 『文藝春秋』(文藝春秋)一九七一年二月号
書籍 『巨大プロジェクト動く』(廣済堂出版、一九九四年七月)
   『小松左京全集完全版47』(城西国際大学出版会、二〇一七年六月)
   *『文藝春秋』記事を底本とした。

「万国博はもうはじまっている」
初出 「万国博覧会資料」一九六六年
書籍 『未来図の世界』(講談社、一九六六年九月)
   『小松左京全集完全版28』(城西国際大学出版会、二〇〇六年十月)
   *講談社『未来図の世界』を底本とした。「万国博覧会資料」の現物は確認できていないが、万博協会関係者によれば、六六年七月より、万博協会主催で国内企業の参加奨励のための説明会が行われ、小松は丹下健三と共にその講師を務めた。本稿は、理念を担当した小松が説明会の資料用に書いた文章であると推測される。同資料の現物をお持ちの方は、編集部までご一報ください。

 
 
 
posted by genjiito at 20:16| Comment(0) | ■読書雑記
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