2018年12月09日

読書雑記(250)【復元】〈その4〉『ユダの福音書を追え』のユダとは何者?

 これまでに、情報発信の母体としていたプロバイダのサーバーがクラッシュしたり廃業するなどによって、公開していたブログの記事が消滅したものが数多くあります。その内、探し出せた文章などを整理して、このように復元を続けています。
 今回は、『ダ・ヴィンチ・コード』と『ユダの福音書』に関するシリーズ全5話の内の、四つ目の記事の復元です。
 いずれも、『源氏物語』の生々流転を考えるときの参考になる事例だと思い、再建してここに残して置きます。

(※本記事は、平成19年3月に消失したブログの復元です。)

********************** 以下、復元掲載 **********************
 
2006年5月19日公開分
 
副題「新発見の古文書が語るドラマチックな流転の物語」

 今月の2日に『ユダの福音書を追え』(日経ナショナルジオグラフィック社)が発売されると同時に本書を買い、数日で一気に読み終えました。古書をめぐる、古美術商とその流転の物語です。ここで言う古書とは、『ユダの福音書』という1700年前のパピルス文書です。そのドラマチックな変転の軌跡を、推理仕立てで語っています。
 転々とするこの本の最終的な行方は、すでにニュースで知っているとはいえ、その背景の複雑さと数奇な運命に驚嘆するばかりです。本と人との波乱万丈の巡り合いが、次から次へと意外な展開の中で語られるので、休む暇なく読み耽ってしまいました。

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 『源氏物語』にも、このようなドラマがあってもいいと思います。いや、近い将来、こんな展開が日本でもありそうに思えました。『ユダの福音書を追え』を読み終えた満足感のまま半月が過ぎた頃に、そうだブログに書くのだった、と思い出したしだいです。ちょうど、今日は映画『ダ・ヴィンチ・コード』の封切り日です。この映画をいつ見に行こうかと、何かと忙しい日々の中で、その日の設定を思案しています。どうも難しいのです。突然映画館へ行くことになるはずです。

 さて、本書の冒頭に「BCE」と「CE」という略号の説明があります。世界史の時代区分の用語である「紀元前」と「紀元後」のことなのですが、この新語を今回初めて知りました。私はこれまでは、「B.C.」(before Christ)と「A.D.」(anno Domini)という略称で覚えていました。学校でそう教わったのです。しかし、今は「B.C.」は「BCE」(before Common Era)、「A.D.」は「CE」(Common Era)と言うのだそうです。これは、あくまでも特定の文化圏の時代区分を、別の文化圏に押し付けないための配慮なのだそうです。イエス・キリストの誕生年を基準にした西暦に違和感を抱いていた私は、この説明なら西暦のありように理解を示すことができます。この西暦を日本人が使うかどうかは、今は別の問題としておきます。

 それにしても、イエス・キリストとは何者なのか、本書を読んでみて、ますますわからなくなりました。

 これから本書を読まれる方の興味を削がないためにも、ここでは私の気を引いた箇所だけを紹介します。

この写本は二十年近くもの間、買い手を求めてエジプトから持ち出され、ヨーロッパから米国へと転々としていた。(379頁)


 これまでに運命的な出会いによって発見紹介された『源氏物語』の古写本も、それぞれが数奇な運命を背負っていました。もっとも、海外で発見されたものはないので、ドラマ性は低いのですが。私は、インドと中国にあるはずの、伝阿仏尼筆本と従一位麗子本の出現を心待ちにしています。

・問題の写本を持っていた古美術商のハンナは「ナイル・ヒルトンのコーヒーショップで待ちあわせすることもあっただろう。」(75頁)とあります。このカイロの中心地にあるホテルは、私が昨秋泊っていた所で、このコーヒーショップに、私も毎日いました。この物語が、俄然身近に感じられました。

カイロに移されたこのパピルスの写本には、歴史上最も有名な裏切りに関する異説が述べられ、ほとんど誰もが信じてきた事実がくつがえされていた。イエスが弟子の一人の裏切りによって磔刑にかけられたことは、ずっとキリスト教の教義の要だった。(改行) ところが、新たに見つかった福音書には、ユダはただ師イエスに言われたことをしただけ、という驚くべき記述があったのだ。(77頁)


 いわゆる常識となっていたものへの懐疑は、いつの世にもその検証が必要なようです。

キリスト教の歴史が始まってからずっと、キリスト教徒は、イエスはユダヤ人のせいで殺されたと非難し、ユダはイエスを裏切ったユダヤ人の象徴であった。もし、本当にイエスとユダが、ユダの使命について示し合わせていたのなら、ユダヤ人とキリスト教徒の関係のとらえ方も変わってくる。(81頁)


キリスト教を、ユダヤ人以外の人々にも分かりやすく伝えたのは、パウロの大きな功績のひとつだった。(中略)パウロの不断の努力が実って、キリスト教は、ユダヤ教という母体から離れ、独自の宗教としての地位を確立していく。(245頁)


『ユダの福音書』は、新約聖書とほぼ同時代か、ほんの少し後で書かれたものだ。そしてこの文書は、ユダが正しい行動をとったと擁護している。(201頁)


 本当に、キリスト教とは何かが、改めて問われる時代に入ったと思います。もっとも、無宗教の典型的な日本人を自負する私は、この問題に切実さは感じないのですが。
 従来のキリスト教の教義を信奉していた方々は、こうした資料の出現に対して、どのように思っておられるのでしょうか。

巻物ではない冊子本の写本は、聖典や古い文書の原典を複写したものである。巻物よりもずっと多くの分量を記すことができ、取り扱いも容易なため、初期キリスト教の教徒は冊子本を用いた。(178頁)


 『源氏物語』にも、絵巻詞書と冊子本があります。最初の『源氏物語』は、巻物だったのか冊子本だったのか。私は、当初の物語は巻物形式だったと思います。それを整理した段階のものが、冊子本だと思っています。

キリスト教正典としての新約聖書は徐々に形成されていき、完成するまで何世紀もかかった。(248頁)


 そうです。わが『源氏物語』も、長い時間の中で成長し文字として固定したのだと、私は勝手に思っています。

初期キリスト教の世界は波乱に満ち、福音書にしても、現在新約聖書に収録されている四つだけでなく、三十以上も流布していて、それぞれが正典であると主張していた。(249頁)


 『源氏物語』も、平安時代の末期から鎌倉時代にかけて、たくさんの写本が伝えられていました。それが、徐々に整理され、五十四巻にまとめられ、統合して一つの証本なるものが定められて来ました。どの国にでも、同じような経緯があるようです。

エイレナイオスは(中略)、福音書は四種類だけであって、多数存在してはならないと宣言した。四と言う数は意味があって、(中略)福音書も四つでなければならなかった。福音書として認められるのは、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネのみであり、いずれも神の啓示を受けたものとされた。のちに、この四つが正典福音書となる。(259頁)


 日本でも、三とか六とか八は神聖数とされてきました。どこの国でも、特別の意味を持つ数字があるものです。

こうした著作が消えていったのは、古代から中世にかけて、筆記者が書写をやめたからである。プロフェッショナルの筆記者が模写を行うのは、そういう依頼があって、報酬が支払われる場合だけである。キリスト教の教典が神学理論にとって不要、あるいは危険と判断されたら、そうした書物の模写を依頼する者はいないし、筆記者自身が仕事を拒絶した可能性もある。現存しているキリスト教関係の手稿本のほとんどは、独立したプロフェッショナルの筆記者ではなく、修道院で製作されたものである。「異端」の書の書写を、修道院長が認めるはずがない。また本の材料や書写サービスは、とくに古代には費用がかかるものだったので、需要のない書物はすぐに消えていった。(271頁)


 『源氏物語』も、書写を専門とする人たちの一団がいて、お金をもらって書写していました。いわゆる賃書きです。奈良の天理近辺にもいたようです。『源氏物語』が普及するにともなって、異本や異文は書写されなくなります。私は、この書写されなくなっていった本文である〈別本群〉に興味を持っています。『源氏物語』の本文についても、まだまだ解明されていないことが多いのです。

『ユダの福音書』が写本専用の写字室で作成されたものであるのは明らか(359頁)


 『源氏物語』の別本と言われるものが、ほとんど今に伝わらないのは何故なのか、という疑問に関連することだと思われます。古典の伝流と、その裏側にいる書写者の存在について、注意しておきたいものです。

・放射性炭素年代測定によると、「ユダの文書が作成されたのは紀元二四〇年から三二〇年の間」(351頁)ということになっています。
 『源氏物語』の鎌倉期の古写本に対して、このような調査の手が延びることを期待しています。

『ユダの福音書』の中のイエスは大いに笑い、地上に生きる人々のありとあらゆる欠点や、さまざまな個性の中にたっぷりとユーモアを見出している(354頁)


 キリストは、四箇所で笑っているそうです。キリストは人間とどう違うかを考える上で、非常に大切なポイントだと思われます。

『ユダの福音書』には、その後の歴史においてユダヤ人に対する蔑視や大量虐殺、あるいはナチの強制収容所における大虐殺を引き起こすことになる。いわゆる血の中傷をもたらすような内容は記されていない。ユダは、イエスに愛された弟子として、崇拝する主の意向に従ったのだ。(374頁)


 世界史の再検討を促すような話です。

 なお、『ユダの福音書』に関する内容と問題点だけを知りたい方は、『ナショナルグラフィック日本版 ユダの福音書を追う』(2006年5月号、日経ナショナルジオグラフィック社)という雑誌を読まれることを薦めます。

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 私は、こちらの方から読みました。もっともこれは、書籍に先立つ4月28日に発売になった、という事情もありますが。こちらを読んで、興味が掻き立てられたら書籍の『ユダの福音書を追え』を読んで、本をめぐるドラマに参加したらいいと思います。

 冊子には、次のことばが記されています。

レマン湖にある建物では今も、専門家がばらばらになったパピルス文書の修復作業を続けている。―現代によみがえったユダが、まもなくその姿を現そうとしている。(58頁)


 こうした基礎的な資料の検討は、評価は低いのが実情です。しかし、ぜひみんなで継承したい仕事だと思います。目先の成果よりも、近い将来を見据えての評価と提言の方が、今は大切なことではないでしょうか。
 
 
 
posted by genjiito at 19:17| Comment(0) | ■読書雑記
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