2018年11月21日

清張全集復読(29)「乱気」「雀一羽」「二階」

■「乱気」
 加賀の前田利昌は、柳沢吉保に可愛がられていました。しかし、織田秀親が何かとライバルとして立ち現われてきます。
 将軍綱吉が亡くなってから、利昌の生き様が変わります。綱吉に正一位を贈位する儀式で、利昌はあろうことか秀親と協力しなければならない役が当たります。困りました。同じような役目で、浅野内匠頭と吉良上野介の刃傷沙汰が思い合わされます。今回は、秀親からどんな意地悪をされるか、わかったものではありません。気が重いのでした。神経質過ぎる男である利昌を通して、人の心の中で思い込みが増殖拡大する様が丹念に描かれます。
 最後の意外な結末は、人間が考えることのあやふやさを、いや増しに煽るものとなっています。【4】
 
初出誌:『別冊 文藝春秋』(1957年12月)
 
※『松本清張全集 37』(文藝春秋社、1973.7.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」には次のようにあります。
この殺人事件は一見「不条理」にみえないこともない。そこがわたしの興味をひいた。(550頁)

 
 
 
■「雀一羽」
 元禄年間のこと。五代将軍綱吉は、生類憐愍の令を出しました。謹厳実直な旗本で順調に出世していた内藤縫殿の若党で、喜助という男が、酒の勢いもあって雀を殺します。そのことが原因で、縫殿は御書院番組頭の役職を罷免となったのです。柳沢吉保の処置でした。
 その後、生来余裕のない小心者だった縫殿は、15年間も無役のままで放置されます。いつかいつかの思いは、なかなか叶いません。ようやく綱吉は亡くなり、家宣が六代目を継ぎました。生類憐憫の令は廃止。雀一羽のことで15年間も腑抜けの生活を強いられた縫殿は、依然として音沙汰のないままに放置されています。しまいに縫殿は、隠居した柳沢吉保への恨みが嵩じて狂態を見せるようになります。小心者であったがゆえの豹変。その人格の変転がみごとに描かれていきます。これだけの感情の起伏が描けた作者清張には、身に覚えのある体験が裏打ちされた心情なのでしょう。いたたまれなくなるほどの表現が、読者を掴んで離しません。

縫殿の頭には、柳沢吉保への憤怒が烙きついて消えぬ。小心で正直なだけに、自分の一生を墜した彼への遺恨が凝り固って神経を狂わせた。美濃守に対する憎悪は、混濁した脳で復讐の場面ばかりの幻視がうろついている。呟きや無気味な独り喘いは、ただ、この敵に対っているだけであった。(77頁)

 妻のりえは、もう夫への対処ができません。親類筋は座敷牢に閉じ込めました。この後、ことの顛末はみごとに描き納められます。さすが清張。「この恨み晴らさでおかものか。」という言葉を読後に思いました。さらには、清張の温かいまなざしも感じられるほどの閉じ方です。『松本清張全集 37』でいうと、たったの14頁の短編です。その分量の少なさがわからなくなるほどに、充実した話としてまとまっています。【5】
 
初出誌:『小説新潮』(1958年1月)

※『松本清張全集 37』(文藝春秋社、1973.7.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」には次のようにあります。
「雀一羽」は「乱気」と同じく柳沢吉保の隠退前後を背景とした。が、これはつくりごとである。わたしの「無宿人別帳」のうち「島抜け」の動機の設定と似通うものがあるが、「雀一羽」のほうが少し不自然である。(550頁)

 
 
 
■「二階」
 心満たされない男が描かれています。2年も俳句を作りながら療養所で暮らす英二は、自分の分まで働く妻に感謝しています。いつしか妻は、夫の熱意にほだされて退院させます。それが後悔につながっていくのでした。
 雇った看護婦は、とにかく良い人でした。それが、印刷所の2階で夫の世話をするうちに、お決まりの展開となります。妻は、看護婦に女を意識するようになりました。妻といる時の夫のおどおどする様子が見られます。猜疑心と闘う妻。派出看護婦に夫を略奪された妻の心情が、克明に描かれています。そして、予想通りの展開で話が閉じられるだろうと思った私を、さらに裏切る顛末となります。人間関係をめぐっての意外な結末。取り残された人間の心情がみごとに描かれた作品です。【5】
 
初出誌:『婦人朝日』(1958年1月)
 
 
 
posted by genjiito at 19:39| Comment(0) | □清張復読
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