2018年11月10日

日比谷で橋本本「若紫」を読む(2018年度-その6、また誤表記発見)

 朝早くから新幹線で上京。日比谷図書文化館で源氏の講座がある日です。
 京都駅は、先日の渋谷のハロウィン状態です。この人混みは尋常ではありません。京都市内に流入する人々を制限すべきです。京都の機能が麻痺し、街が大混乱に陥っています。
 商売をなさっている方はホクホク顔でしょう。しかし、京都の文化破壊や住民感情の苛立ちは、確実に観光名目の闖入者を受け容れ難くしています。行政側にお願いします。あの通行に邪魔となっている膨大な数の大きなスーツケースを、駅とホテルの間でスピーディに移送するシステムを作ってください。そして、旅行者に対しては、所構わずゴミを投げ捨てないようなルールの指導を徹底してください。さらには、何でもかんでも手近な所にある物を勝手に持って行かないような、観光地でのマナーを最初に指導してから街に入ってもらってください。

 今日は、富士山がきれいに見えました。いつ見ても、気持ちのいい山です。

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 今回も、講座が始まるまでの時間は、日比谷図書文化館の地下にあるダイニングで、科研の研究協力者である淺川槙子さんと、今後の打ち合わせをしました。数多くの成果が上がっているので、それをどうまとめていくか、ということについて意見交換をしました。
 まずは、昨春のスタート当初に依頼した業者であるK社が、何もしないで無責任に投げ出したホームページについて、一日も早く立ち上げることです。
 次に、昨春から始めた翻訳本の展示に関する解説書の完成。
 それを受けて、今春行ったミャンマーでの調査結果の報告書。
 さらには、『海外平安文学研究ジャーナル 第7・8合併号』の刊行。
 それぞれに、膨大な作業を伴うものです。とにかく、コツコツと進めていって形にしたいと思います。

 今日の源氏の講座は、新しい方々を加えて30人の方が集まっておられました。今年度下半期の、第1回目の講座です。

 上半期から引き続き、『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016.10)を読みます。読むといっても、鎌倉時代の古写本を、変体仮名にこだわって読み進みます。34丁表の6行目「きこ江さする尓」からです。「江」は「ひ」や「須」と紛らわしい形をしているので、気をつける文字の一つです。
 文字を削って上からなぞって書いている箇所では、墨の色などから、その修正過程がわかります。この写本の筆者は、間違いに気付いたらすぐに直しています。こうした訂正箇所の対処から、結構神経を張り詰めて書き写していることがわかります。

 「【御】こと【葉】」(34丁裏6行目)と書写されている所で、「【葉】」を漢字としているのは「言葉」の一部と見ての対処であることを説明しました。

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 今は漢字表記としておき、この「【葉】」が漢字の意味を喪失した変体仮名の「は」とした方がいいことがわかったら、その時点で、この漢字を示す記号の【 】を外すつもりである、と言いました。後でこの記号を付けるのが大変だからです。
 この説明をした時、すぐに受講生の方から、ここは「【御】こと葉」とすべきではないか、との異見が出ました。校訂本文にすると「御事は」となり、ここでの「は」は助詞と見るのです。「葉」は「言葉」の一部としての漢字表記ではない、ということです。
 前後の意味から考えても、その方がいいことは、すぐに納得できました。私の翻字と説明が間違っていたことをお詫びして、この箇所の訂正をしました。
 前回も、34丁裏の4行目にあった「思」に、漢字表記であることを示す【 】をつけ忘れていることの不備を指摘されました。あの時もすぐに訂正して、ブログ「日比谷で橋本本「若紫」を読む(2018年度-その5、誤植発見)」(2018年09月01日)でも詳細に報告をしました。

 本日は、さらに致命的なミスをしていることがわかりました。続いての間違いに、本当に申し訳ないことです。そして、こうした間違いに気付き、指摘してくださることのありがたさを噛み締めています。確かな目を持った受講生の方々が集まっておられることに感謝しています。

 講座が終了してから、もう一つ質問を受けました。それは、私が「これ八・ま多」(34丁裏6行目)としているのは、「これ・いま多」ではないか、ということでした。

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 「これは」という表現をあまり見かけないから、というのがその理由です。
 すぐに、手元にあった諸写本の校合資料で確認したところ、「大島本」などのグループでは、「これは」という字句を持たないことがわかりました。つまり、写本が「また」とすることを全写本での共通本文と認め、その前の「これは」は、橋本本を始めとする河内本の本文の特徴を持つ写本グループ特有の語句だと考えられる、という私見を伝えました。
 もっとも、ここは、「これは・また」「これ・いまた」「また」という3種類の本文があった可能も否定できません。しかし、今はまだ「変体仮名翻字版」という翻字データがほとんどない状況です。そのため、現在私が校合資料としている旧態依然とした翻字データによる不正確な資料では、橋本本のグループにおいて「これは」となっているその「は」の部分が、他の写本でもみな「これ八」なのか、あるいは「これ者」「これは」「これい」となっているかの確認が必要です。今、翻字作業がそこまで手が届いていないので、今後の課題とさせていただきました。

 この質問によって、また新たな検討課題が生まれました。一つでも多くの写本の「変体仮名翻字版」を、一日も早く作らなければ、本文研究は一歩も前に進めません。抱えている作業と課題の重さを、ひしひしと感じることとなりました。
 今日質問してくださった方は、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が取り組んでいる「変体仮名翻字版」の作業を、会員になって手伝ってくださっている方です。明治33年に制定された五十音図の範囲に限定した平仮名で翻字をするという、現行一般に流布する写本に忠実ではない翻字ではなくて、ごまかしのないより正確な「変体仮名翻字版」の理解者からの質問だったので、ありがたいことだと思っています。

 今日は、35丁表の8行目「いひしら勢・【給】」まで確認し終えました。

 講座が終了した後は、国文学研究資料館で一緒に仕事をしていた仲間も合流して、いつものように有楽町で課外の学習会となりました。これは、講座での勉強に飽き足りない方々十数名が、場所を変えて少しお酒を口にしながら『源氏物語』のことを語り合う集まりです。

 恒例となったこの会で、今日は新しい提案がいくつかありました。その一つが、国文学研究資料館蔵橋本本『源氏物語』の本文を現代語訳しよう、という当初のこの自主参加の集まりの趣旨が、大きく実を結ぶという展開になったのです。

 いつも全盲の受講生のお世話をしてくださっている土屋さんが、渋谷栄一氏の現代語訳『源氏物語』を参考にして、橋本本「若紫」を現代語に訳してくださったのです。
 この渋谷訳の『源氏物語』を含む壮大な本文データベースは、ご本人からNPO法人〈源氏物語電子資料館〉にその権利が委譲されています。「渋谷版ウエブサイトのNPO法人〈GEM〉への譲渡契約が成立」(2014年02月19日)
 その意味からも、以下の企画は、渋谷氏のご厚意をさらに有用なものへと育てることにつながります。現在、渋谷氏はNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の監査役でもあります。願ってもない展開となっていきそうです。

 このプロジェクトの提案をしてくださった土屋さんは、理系の方であって文学がご専門ではありません。しかし、鎌倉時代の『源氏物語』の本文がまったく読まれていない実態をこの日比谷の講座で知り、広く読めるようにする意義を痛感された方です。この有楽町駅前周辺の居酒屋で行なっている課外講座も、土屋さんの熱意があってのものです。ハーバード大学行きでもご一緒した星野さんという、頼もしい大先輩も、後ろからしっかりと支えてくださっています。
 来月からは、この土屋訳をみんなで検討することになりました。もっとも、このメンバーには、文学はもとより研究者と言える方は一人もいらっしゃいません。これが、この集まりの魅力でもあります。

 また楽しいプロジェクトがスタートしました。
 このプロジェクトに興味をお持ちの方がいらっしゃいましたら、来月12月15日(土)の午後4時半に日比谷図書文化館の4階にお越しいただければ、この課外講座だけでも参加していただけます。参加費は無料で、お酒とおつまみの自己負担分として、2500円くらいを頂戴しています。それ以上の寄付は大歓迎です。

 有意義な一日を過ごし、京都へ帰る最終の新幹線の中で、この記事を書いています。愉しい仲間に恵まれていることを実感しています。東京はもとより、京都でも、大阪でも、多くの方々と一緒に古写本『源氏物語』に書き写された変体仮名を読み解きながら、コツコツと前に進んでいます。研究とか勉強というのではなく、人と人とのつながりの中で古典文学を読み進む楽しさを、こうしてみなさんと共有しているのです。

 京都駅に降り立つと、日付が変わろうとしているのに、多くの観光客の方でごった返しています。駅前の京都タワーも、戸惑いを隠せぬ色で街を見つめているようです。

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posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ■講座学習
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