2018年11月02日

ことわざの「昔取った杵柄」を実感する

 高校の授業も、あと5回で終わりです。秋は学校行事が多いので、休講も重なりました。金曜日は、土日のイベントの準備日に当てられてしまうこともあり、お休みが多くなったのです。

 高校でクラス担任をしていた頃は、困難校といわれる学校にいたこともあり、授業以外の仕事が膨大でした。授業が占める割合は3割もあったでしょうか。授業のことは、あまり意識していませんでした。授業だけをすればいい非常勤講師になって初めて、生徒たちに接する回数が気になりだしたのです。
 ものを見る立ち位置が変わると、こんなに違う感覚で物事が見えるのかと、あらためて視野と視線のマジックに感心しています。

 そんな中で、看護学校を受験する生徒の小論文対策が高校での仕事となっている関係で、「国語が好きになる方法」についてよく話しています。そのためには、とにかく声を出して教科書を読むこと、の一点にしぼっています。
 その時に気をつけるのは、句読点を意識して〈ゆっくりと丁寧に〉2回は読むことです。好きになれば、あとは作文であれ、小論文であれ、国語の読解問題であっても大丈夫でしょう。

 今日の授業では、最初にそんな話をしてから、これまで通り作文です。看護師さんが苦労している話を読んで、自分が思うことを自由に書くのが、今日提示したテーマです。プリントに書かれていることに気持ちが引かれてしまい、話が思うように展開しない生徒がたくさんいます。コメンテーターにならないように、ということを、机間巡視をしながら強調しました。
 そして、必ず自分が体験したことを盛り込むようにと。うまい体験例がない場合には、家族や友人知人などのことにして適当に話を作って、と強引に自分の味がでる文章を書くように指導しています。

 まだまだ、看護学校の入学試験で小論文を課される生徒が、受験日を待っています。即効性のあるアドバイスと対策が必要です。
 帰りがけに、明日入試があるという生徒が来ました。過去の出題を見ると、詩や俳句を読んで鑑賞文を書いたり、長文を読解して自分の意見を書く問題が出ています。それも、200字でという、中途半端な字数制限です。私なりの秘策を伝授しました。

 さらに、面接の指導をしてほしいという生徒が来ました。直前になって、みんな必死です。安心して受験できるように、落ち着いて不安を払拭して臨めるようにするのも、学校の先生の仕事だと思っています。久しぶりのそんな仕事に、このところは立ち向かっているところです。

 研究をリタイヤした身には、「上方いろはかるた」の中にある「昔取った杵柄」よろしく、まだまだその技量は衰えていないことを実感する日々の中にいます。
 
 
 
posted by genjiito at 20:45| Comment(0) | *回想追憶
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