2018年11月15日

清張全集復読(27)「捜査圏外の条件」「カルネアデスの舟板」「白い闇」

■「捜査圏外の条件」
 妹光子の失踪。それは、兄の同僚である笠岡によって、病死にもかかわらず見殺しにされたものであることがわかりました。兄は、復讐を誓います。しかも、完全犯罪を。
 7年という時間を置いて、笠岡から遠ざかることで実現するのでした。退職し、山口県に移りながらも、情報は常に手にしていきます。用意は周到に行われます。
 自分の犯行が露見します。飲み屋の女中の証言です。光子がよく歌っていた「上海帰りのリル」を、犯行時に笠岡と一緒に歌ったことから足がついたのです。しかし私は、7年間にわたって笠岡の動向を知らせ続けた重村という部下の存在が忘れられていることに疑問を持ちました。清張は、なぜこの内部通報者の存在に言及しないままに話を終えたのでしょうか。偶然からアリバイが崩れることだけに注意が向いていたとしたら、清張のミスというべきなのかもしれません。【2】
 
初出誌:『別冊文藝春秋』(1957年8月)
 
 
 
■「カルネアデスの舟板」
 大学教授の歴史家玖村は、恩師の大鶴に会いたいということもあって、地方の講演を引き受けます。特に戦後の玖村の古代史研究は、文献学と土俗学を駆使した研究で、マスコミからもてはやされ、教科書の執筆までしています。師に背き、唯物史観的な歴史理論で人気を博したのです。しかし、玖村は大鶴を復職させて引き上げます。教科書と参考書を執筆することで、家と蔵書と預金を手にするために、玖村も大鶴もさまざまな策を弄します。
 清張の知識人に対する冷ややかな眼が光ります。そして、後半は「カルネアデスの板」の話が展開し、読む者を惹きつけます。清張の学者を見る眼が捻じ曲がっているところに、この物語のおもしろさがあります。知識人を斜に見る清張独特の切り口を堪能しました。【5】
 
初出誌:『文學界』(1957年8月)
 (一度「詐者の舟板」に改題され、その後、元にもどっている)
 
※『松本清張全集 36』(文藝春秋社、1973.2.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」には次のようにあります。
「カルネアデスの舟板」ではわからないというので、単行本の題名に「詐者の舟板」としたことがある。しかし、やはり最初に発表した題のほうが好ましい。(548頁)

 
 
 
■「白い闇」
 夫の失踪から始まります。中盤までは、作り話の匂いがプンプンして、清張らしくないと思って読み進めました。後半は、夫のことを諦めて、それまでずっと付き添って来ていた男に傾く振りをする女がうまく描かれています。助走が長かったと言うべきでしょうか。ただし、その描写は、全編を通して冴えません。緊迫感に欠けます。【2】
 
初出誌:『小説新潮』(1957年8月)
 
 読後数十年。最近になり、本ブログで取り上げるために『松本清張全集 36』(文藝春秋社、1973.2.20)で復読し、その巻末に収載されている著者自身による「あとがき」に次のように記されていることを知りました。自分の読後感が芳しくなかった原因に思い当たりました。
 仙台に降りて松島を見て帰京したが、取材旅行≠ナあるかぎり松島、十和田湖、東京と、なんとか場所をつなぎあわせて一編の物語に仕立てなければならない。まるで三題噺みたいだが、ようやく三つの団子を貫く一本の串が若い夫の失踪というヒントで、どうにか話の体裁になった。愉しい旅のあとは、こんな苦しい知恵をしぼらなければならない。(548頁)

 
 
 
posted by genjiito at 23:45| Comment(0) | □清張復読
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