2018年11月09日

清張全集復読(26)「鬼畜」「一年半待て」「甲府在番」

■「鬼畜」
 清張自身の下積み時代を思わせる苦労が、物語の背景にあります。主人公は石版製版職人です。報われて、仕事も順調になります。そして、気の緩みから愛人が出来て数年。何事もないと思われた日々に、火事という予期しなかったことから歯車が狂い出します。平常心を失った人間の姿が、鮮やかに描き出されています。カサカサした人の心が、うまく語られます。妻と愛人の二人のやり取りは、押さえ込んだ感情がぶつかり合う展開となるだけに、これはこれで不気味です。引き込まれて、読み耽ります。清張の筆の力を実感しました。【5】
 
初出誌:『別冊文藝春秋』(1957年4月)
 
 
■「一年半待て」
 怠惰な夫が愛人を作ります。泥酔した夫は家で妻子に暴力を振るい、暴行を受けた妻は夫を棒で殴り殺しました。評論家が女の立場を庇護する発言をし、裁判では懲役3年、執行猶予2年の判決が出ました。その後、評論家の元に1人の男が訪れます。そして、意外な推論が展開する裁判小説です。
 この、したたかに人間の心の裏を見つめる清張に脱帽です。【5】
 
初出誌:『週刊朝日別冊』(1957年4月)
 
※『松本清張全集 36』(文藝春秋社、1973.2.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」には次のようにあります。
 「一年半待て」は、「カルネアデスの舟板」(私注:次回掲載の〈清張全集復読(27)「捜査圏外の条件」「カルネアデスの舟板」「白い闇」〉参照のこと)と同様に刑法の条文からヒントを得た。裁判には一事不再理といって、判決の確定したものに対しては、あとで被告にそれ以上の不利な事実が出てきても裁判の仕直しはしないことになっている。これを逆手に取ったのが、この小説の主人公である。小説を書いたあと、同じテーマでデイトリッヒ主演の「情婦」が日本で上映された。あの映画の前にこれを書いたのは幸いだった。でなかったら、映画からヒントを取ったように非難されたにちがいない。「情婦」が、クリスティの「検事側の証人」を映画化したものであることは、あとで知った。(547頁)

 
 
■「甲府在番」
 兄である伊谷伊織が失踪したことを伏せて死亡とし、弟の旗本である求馬は家督を継いでから甲府在番を引き受けました。これは、左遷であり、流謫です。そうこうするうちに、囲碁仲間の上村周蔵が、甲斐の山奥には信玄の頃から金鉱があり、求馬の兄はそれに気づいて身を隠したと推理しました。その兄は、失踪の前に不可解な手紙を残していたことから、二人は探索に出掛けたのです。
 その後のことは、最後に天保の頃の『甲府勤番聞書』という資料を引きながら、作者が推測を語ります。最後の意外な展開と結末に、清張の語りのうまさに感服しました。ただし、最後に出てくる女に関する推測は、あまりにも平凡すぎるように思いました。【4】
 
初出誌:『オール讀物』(1957年5月)
 
※『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)には、次のように記されています。
『甲府金山聞書』という古文書に取材した作品で、このテーマはのちに長篇『異変街道』『江戸綺談甲州霊嶽党』に発展する。(61頁)。

 ここで『甲府金山聞書』とあるのは『甲府勤番書』の誤植だと思われます。
 
 
 
posted by genjiito at 21:46| Comment(0) | □清張復読
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