2018年10月28日

大和平群でのお茶のお稽古(入れ子点前)と観光公害について

 玄関を出てすぐに、思っていたよりも寒いと感じました。家に引き返して、セーターを一枚重ね着して出かけます。

 大和平群までの車中、旅行客のうるささには困り果てました。京都駅から大和西大寺駅までのことです。4人連れの女性が、大きなスーツケースを膝の前に置いて、中国語を大声で喋っておられます。それも、長いシートに向かい合いながら。

 私は本を読んでいました。

 前後2人のスマホから、大きな音量で音楽が車内に響き渡るようになったので、別の車輌の席へと移動を考えました。しかし、2時間の長旅の身には、座れるかどうかわからない席の移動には、リスクが多くてためらわれます。結局、そのまま喧騒の中に身を置きました。
 そうならばと、精神を統一して、雑音が気にならなくなる修行の時間にしたのです。そう開き直ると、何やら瞑想の世界に入れたように思えたのはおもしろいことでした。いや、実際には喋り疲れたのか、女性たちはやがて居眠りが始まり、ポップな音楽だけが車内に鳴り響いていたのです。

 元山上口駅前に降り立つと、「紀氏神社秋祭り」の幟がたなびいていました。

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 「紀氏神社」は、正式には「平群坐紀氏神社」と言います。『延喜式神名帳』にその名前が記されているので、古いお宮です。ここは、ヤマトタケルノミコトが「たたみこも へぐりのやまの」と歌った古代からの地なのです。楽の音が風に乗って流れてきます。かつて、といっても30年も前に子供たちを連れて行った、平群の秋祭りを思い出しました。

 龍田川の上流は、木々が少し色付いています。

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 今日のお稽古は「入れ子点前(いれこだて)」です。初夏以来の久しぶりのことなので、ほとんど覚えていませんでした。先生がおっしゃる通りに手を動かしながらも、アレッ、アレッの連続です。他のお弟子さんたちからは、自然と身体が動いていたとおっしゃってくださいました。いえいえ、頭の中は真っ白で、流れがまったくわからなくなった状態で、なんとか終わったという体たらくでした。
 先生から、もう一度やりますか? と助け舟を出していただいたので、お言葉に甘えて再度のチャレンジをしました。今度は前よりも幾分はましで、何とかそれなりに流れがつかめました。
 いやはや、お茶とは摩訶不思議なお稽古です。これだからこそ、次こそはと思い、そしてまたこの次はと思って、この大和平群の地に足が向くのです。おもしろいものです。

 帰りに通りかかった京都駅は、新宿かと思うほどの人の波でした。これは、人さえ来れば、集まればいいという、能天気な観光万歳の時代があり、その後の時流を読んで進歩しなかったからだと思います。いまだに引きずっている弊害が、最近とみに表面化しています。民泊しかり、街中のゴミ、交通機関の機能マヒ、観光地のいたずらなどなど。

「観光公害」については、すでに真剣に議論がなされています。その機運を高める中で、観光客の制限やマナーの周知をする努力を、京都市として強行すべき事態に立ち至っていると、私は思います。観光客目当ての場当たり的な営業も、将来のことを考えると再検討の時期でしょう。私は冗談半分に、京都検定の級数によって、観光コースを選んでもらうことも導入すべきだ、と言っています。
 いつまでも一見さんの機嫌取りをし続けるのではなく、さまざまな来訪者の意識とレベルに合ったプランを提供すべきです。

 これらは暴論かと思います。しかし、京都にお越しになる今の観光客は、あまりにも日本の文化を無視した行動をしておられます。所によっては、日本の文化を壊して帰られます。都に入る前に、観光のマナーを学んでから、お目当ての観光地に行ってもらったらどうでしょうか。このままでは、住民からの観光客に対する反乱が起きるのは必定だと思っています。住む人を無視した観光客の流入は、いずれ破綻します。市民に我慢を強いる、無策としか言えない観光行政は、早急に見直すべきです。
 
 
 
posted by genjiito at 20:00| Comment(0) | ・ブラリと
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