2018年10月27日

京洛逍遥(518)閑院宮邸跡での古典講座に参加して

 京都御苑の中にある閑院宮邸跡に行きました。今日は、このレクチャーホールで『源氏物語』と和菓子に関する講演があるからです。

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 最近、点字ブロックに関心をもっています。その点では、この施設のトイレの周辺はスマートだと思いました。

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 廊下に延々とブロックを敷き詰めたり、ゴツゴツと並べられてはいなかったのです。トイレの前に人一人が立てるだけのスペースに点字ブロック数枚が置かれ、そこに立つと正面にトイレの配置図が触って確認できるようになっています。空間を認識することが得意な方が多い視覚障害者は、これで充分、自分が今いる状況がわかる仕掛けになっていると思いました。こうしたことは、目の見えない方々と検討を進め、問題点の整理をしていけばいいと思います。とにかく、あらん限りの点字ブロックを並べて道をつくればいいだろう、という発想からは抜け出してほしいと思っています。この問題についての私見は「点字ブロックは本当に視覚障害者のための物でしょうか」(2018年10月22日)を参照いただければと思います。

 さて、講演会場で配布された資料の冒頭を引きます。今回の講演の内容が最初に整理されていて、聴く側としてこの心配りは助かります。

【第八回 近世京都学 公開講座】
 平成三十年十月二十七日 於 閑院宮
  平安の『源氏物語』と江戸の『源氏物語』
    −−源氏菓子を起点に−−
         同志社女子大学 吉海直人


◎講演の意図
1平安の源氏研究者はこれまで近世の資料には目を向けてこなかった(反省)
 →室町以前に豊富な資料が残っており、あえて新しい資料を用いる必要がない
 →源氏の享受史は源氏研究の主流に位置しないので不人気
2近世の源氏文化は源氏の本文や解釈から乖離した別なところにある
 →「源氏香之図」は室町以前に遡れない源氏と無縁のデザイン
 →「偽紫田舎源氏」はその極端な例 挿絵から浮世絵へ もう一つの「源氏絵」
3平安に菓子のルーツは探せても菓子そのものは探せない
 →平安文化への憧憬が源氏や伊勢・百人一首に向けられている 平安幻想
 →ほとんどの近世文化は平安まで遡れない 平安に芸道はない
4閑院宮邸は江戸の貴族の邸宅ではあっても寝殿造りからは遠い
 →江戸のフィルターがかかっていることに気付かない
 →近世における古典の大衆化が源氏を身近なものにしたと同時にパロディ化した


 講演は、聞き手を笑いに誘うような語り口で展開しました。
 「もう一つの『源氏物語』」を話の核にして、わかりやすい話です。
 特に、近世に『源氏物語』が絵画化される中で、「若紫」巻は「すずめ」で象徴されるようになっていったことについては、時間を割いて説明がありました。
 最後は、「『源氏物語』の商品価値は〈あこがれ〉にある」というまとめに落ち着きました。
 講演後は、いくつもの質問がありました。
 ・祇園祭の月鉾の天井には源氏絵が貼られている
 ・モデル論について
 ・『源氏物語』は音読すべきである
 会場には、耳も目も肥えた方々がお集まりになっていたように思われます。
 日本の文化を考える上で、また豊かな切り口を教えてもらいました。

 終了後、有斐斎弘道館で『源氏物語』をテーマにした京菓子を見学し、お茶をいただくツアーがありました。しかしこれには参加せずに、京都御苑の入口にある九条家の遺構として公開されているお茶室「拾翠亭」に行きました。


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 のんびりとした散策ができ、半日が充実した時間で充たされました。
 
 
 
posted by genjiito at 20:03| Comment(0) | ◎京洛逍遥
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