2018年10月23日

読書雑記(243)白川紺子『下鴨アンティーク 白鳥と紫式部』

 『下鴨アンティーク 白鳥と紫式部』(白川紺子、集英社オレンジ文庫、2017年12月)を読みました。

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■「雛の鈴」
 鹿乃たちは楽しく着物を身に纏い、友達3人とひな遊びに興じています。そこへ、鹿乃が正式に付き合いだした八島慧が差し入れの「引千切」持って参入。会話が軽快に、ポンポンと弾むように飛び交います。リズミカルで心地よい文章です。
 帯をめぐる話が、親子や兄妹や恋人との情をたっぷりと含ませて展開します。心の温もりを語るのは、作者が得意とするパターンです。【5】
 
 
■「散りて咲くもの」
 西行の『山家集』に収録されている桜の歌が、野々宮家に残された最後の着物と関わっていきます。その八首の和歌は、失踪した叔母英子が短冊に書き残したものでした。英子のことを調査するために吉野へ行き、桜と着物の関係を追い求めます。
 蔵で見つけた英子の手紙は、草書で書いてあったので鹿乃には読めなかったとあります。

 半紙ほどの大きさの紙に、草書で文字が綴られている。やわらかく、流れる水のような清々しい文字。清らかさと強さを持つ字−英子の字だ。草書なので、鹿乃には何と書いてあるのかわからない。英子の手紙を掛け軸にしたものは、それひとつだった。鹿乃は掛け軸をしまい直すと、箱に戻し、それを抱えて母屋に戻る。(131頁)


 漢字が崩されていただけではなくて、変体仮名が使われていたから読めなかったのでしょう。
 めでたく蔵の着物はすべて取り出し、それぞれの着物にまつわる問題を解決することができました。鹿乃も高校を卒業です。また新しい物語が始まります。【4】
 
 
■「白鳥と紫式部」
 白い藤の花が描かれた着物が、突然届きます。それをめぐって、良鷹の同級生の死後の話が遺産相続がらみで展開します。
 『源氏物語』のことが話題に関わらせて語られます。ただし、物語の展開に深くは関係しません。『源氏物語』というネームバリューに寄り掛かった手法のようです。

 慧が着物の背を振さした。そこにひとつ、紋が刺繍されている。藤の花だ。こちらはちゃんと紫の藤だった。
「藤の花に、ええと−−」
 花に、文字が組み合わされている。鹿乃でも読める程度の崩し字だ。
「《藤壺》?」
 慧がうなずいた。
「『源氏物語』にちなんだ伊達紋だな」
 伊達紋というのは、家紋とはべつの、装飾目的の飾り紋だ。伊達紋は飾り紋のなかでも装飾性が高く、絵や文字を使って、花鳥風月や故事、文芸を表したりする。
「江戸時代に、こういう伊達紋だとか、かんざしや袱紗なんかで『源氏物語』を題材にするのが流行ったんだよ。雛形本に−−当時のファッションデザイン集だな、それに残ってる。それだけ『源氏物語』が広く庶民のあいだに知られていたっていう証左なわけだが」
 江戸時代のみならず、いまにいたるまで『源氏物語』は着物まわりで好まれる題材である。
「ほな、この藤の柄も、藤壺からきてるんやな」
 藤壺−−というのは、光源氏にとって父帝のきさきにして、初恋の女性だ。(148〜149頁)

 −−あの着物は、ていさんのものなのだろうか。
 利光が家を追いだされるにまで至るほど、恋しく慕った相手。
「後妻だから、『藤壼』なんだろうか」
 慧のつぶやきに、鹿乃は「え?」とふり向く。
「利光さんは『光源氏』と呼ばれていた。そして藤壺は光源氏にとって、いわば、父親の後妻だろ」
 それになぞらえて誂えたのだろうか、と。
「ていさんが? それやったら、ていさんのほうも利光さんが好きやったんやろか」
 藤壺は光源氏と密通している。利光が勘当されたのも、そういう理由で?
「ていさんは、若いうちに亡くなった、て言うてはったな」
「そうだな。病気なのか事故なのか……もうちょっと詳しい話が聞けるといいんだが」(201〜202頁)

「たしか、〈紅葉賀〉のかんざしやったな」
「紅葉賀?」
「『源氏物語』だな」と、これは慧が答えた。「〈紅葉賀〉って巻があったろ」
「ああ……」鹿乃は記憶を掘り起こす。『源氏物語』はひと通り読んだが、巻の名前だけ言われても、すぐには思い浮かばない。
「紅葉賀−−紅葉の時季の祝宴に、光源氏が頭中将と〈青海波〉を舞うんだよ。夕暮れどきに紅葉のなかで舞を舞う、光源氏の美しさが際立ってる。紅葉と〈青海波〉に使われる鳥甲を合わせて、櫛やら伊達紋やらにされることが多い。かんざしにもしやすいモチーフだな」
「藤壺の着物に、〈紅葉賀〉のかんざし……やっばり、利光さんがどっちも誂えはったんやろか。ていさんのために」(233頁)


 着物とかんざしを光源氏と藤壺につなげるために、次のように語ってもいます。

 鹿乃は礼を述べて電話を切る。ていはおそらく、利光のことを想って、〈紅葉賀〉のかんざしを誂えた。〈紅葉賀〉−−紅葉を背景に、光源氏が舞を舞う。鳥甲は光源氏を表しているわけだ。
 光源氏、と利光があだ名されていたという話を思い出す。いわずもがな、かんざしは利光をイメージしたものだったのだ。嫁ぐ前にそれを誂え、利光を想うよすがにしたのではないだろうか。
 それを、ていの父親か、母親かわからないが、利光に譲り渡した。利光はー。
 だから、あの着物を誂えたのだろうか? ていが光源氏に利光をなぞらえてひそかにかんざしを持っていたように、利光も藤壺に、ていへの想いを託した。『藤衣』として、悼む気持ちとともに。(236頁)


 次の熟語「躊躇」は、和語にしたらどうでしょうか。わざわざ「ちゅうちょ」と振り仮名がついているので、この読みを意識しての表記です。白川紺子さんの文章を読んでいると、漢語表現のところを和語にしたら、もっと雰囲気が和らぐのにと思うことが多いのです。多分に好みの問題でしょうが。

ふくは涙とともに思い出が一気によみがえってきたのか、もはや躊躇もなく話しだした。(216頁)


 また、「断腸の思い」(217頁)ともあります。これも、中国の故事にまつわる熟語や漢語を強要された学校教育(?)を受けて来た、現代日本人の弊害だと思っています。「ためらい」や「はらわたが引きちぎられる」としたほうが、作品の中で和が醸し出す雰囲気に合うと思います。

 本作では、日頃はぐうたらしている良鷹が、人格が変わったようにキビキビと行動し、みごとな推理も見せます。作者が変わったかのようです。話を切り上げるためか、突然に不自然な設定になっています。
 また、『源氏物語』という作品が粗雑に扱われているのが気になりました。『源氏物語』がこの話の中では熟しきれなかったのでしょう。残念でした。【2】

■「あとがき」と「短い話」
 本巻でこのシリーズも終わりであることが告げられます。安定した筆致で語り進められた作品でした。
 この「あとがき」に続いて、短いお話がおまけとして付いています。うまくまとめきれなかったためか、大団円の挿話を読者に提供する形となっています。これはない方がよかったと思います。なお、番外編については、後日書きます。【3】
 
 
 
posted by genjiito at 20:29| Comment(0) | ■読書雑記
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