2018年10月02日

読書雑記(239)船戸与一『神話の果て』

 『神話の果て』(船戸与一、講談社文庫 新装版、1995年11月)を読みました。

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 本書のことは、今夏8月にペルーのリマへ行った折、日秘文化会館の中にあるエレナコハツ図書館で、同僚で同行のアンデス考古学者の宮野元太郎氏よりご教示いただきました。その時には、図書館の書架にあった単行本を手にして、ご自分の調査地などのことを交えて話を伺いました。帰国後、すぐに入手できた文庫本で読みました。

 アンデスが専門の文化人類学者である志度正平は、酔いだくれとして登場します。スペイン語はもとより、ケチュア語とアイマラ語を巧みに操れる日本人です。正平は、殺し屋としての仕事となると、まさにプロとして別人になります。その落差が、巧みに語られていきます。
 ペルーの高地に、天然の純度の高いウラン鉱床が発見されたのです。これが、アメリカの権力機構を変えるというのです。ただし、その一帯はゲリラの支配下にあるのです。そのゲリラ組織を破壊することが問題として浮上します。
 月光の中で、ツトム・オオシタは脱獄します。そのツトムと正平が入れ替わるのです。話は、船戸らしく急展開です。
 言語による問題で、組織的な闘争が失敗する例は興味深いものがあります。

第四インター系の革命家ウーゴ・ブランコに指導されたその闘争は結局、失敗に終わる。その理由のひとつに闘争内部の言語の問題があった。組織のなかの統一言語としてケチュア語が採用されたのだ。山岳地帯ではケチュアとアイマラが混在している。当然それはアイマラの反撥を呼んだ。そのことがやがて闘争そのものを衰弱させていく一因となったと言われている。(158頁)


 コンピュータで書類を作成し、それを暗号化して FAX するなどの通信事情のくだりは、この背景となる時代を感じます。この作品が最初に『小説推理』に公表されたのは1984年です。それは、ちょうど私がNECのPC-9801F2を購入し、本格的に漢字平仮名混じりの日本語で『源氏物語』のデータベースを構築し始めた頃です。当時勤務していた大阪府立の高校に、富士通のFM77を25台導入し、パーソナル・コンピュータ(当初は「パーコン」と言っていた)を活用した国語教育に着手した時代でもあります。1986年に、私は初めての著書となる『新・文学資料整理術 パソコン奮戦記』(桜楓社、昭和61年11月)を刊行しました。

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 これは、文科系におけるコンピュータを活用した知的生活の啓蒙活動を始めた頃でもあります。

 オリバレスは机の左手に置かれているマイクロ・コンピュータのまえに腰をおろした。
 解読文のコピーに眼を落したまま指がすばやくキイを叩きはじめた。ディスプレイに次々とアルファベットが浮きあがる。すべてを写し終え、文書の再確認を終了したのは十二時半をほんのすこしまわったところだった。オリバレスは解読文の全文にクリストファー・ビッグフォードの死と志度正平の予想される行動を附記し、末尾に『至急、指示を乞う』とつけ加えて新たなキイを四度叩いた。
 このコンピュータには三日おきに異った乱数表がインプットされる。いま写し終えた解読文はその乱数表に従って判読不明の彪大な量のアルファベットの不規則な羅列に変わるのだ。そして、それはコンピュータに繋がる周辺機によってただちにプリントされる。
 プリントされた不規則なアルファベットの羅列はファックスによってワシントンのポトマック河畔にある小さな商事会社に送られる。この商事会社は中央情報局(CIA)のダミーだ。情報は瞬時にしてそこから五マイル北西にあるヴァージニア州ラングレーにある本部に届けられる。(163頁)


 インディオの集団が、明るく生き生きと語られています。ただし、ここで著者は、観光を否定的に捉えています。私自身の問題意識と関連するので、今後のためにメモとしてその箇所を切り取っておきます。

「南北に伸びようとする共和国も現状ではクスコ、プーノと言ったアンデス山岳地帯に存する観光都市に分断されている。観光というインディオの魂を蝕む最悪の都市に!」
「カル・リアクタが顕在化するというのは……」志度正平は声を落として訊いた。「そういう観光都市への攻撃をいよいよ開始するということですか?」(330頁)
 
 
「教会の人たちやナザレの住人たちになぜ人家を購入するのかと不審がられたら、観光資本が新たな観光資源を開発するために調査員を送ってくるのだと秘密めかして喋っていただきたい。要求はただそれだけです」(460頁)


 CIAの破壊工作員ジョージ・ウェップナーは、志度を密殺するためにアンデスの山中まで追いかけます。また、殺し屋ポル・ソンファンも、志度を追いかけています。2人に狙われる志度がどうなるのか。それに加えて、元ボリヴィア解放戦線の活動家でソヴィエト国家保安委員会(KGB)とも関係を結ぶシモン・アルゲダスという男が加わります。目が離せません。チャカラコ溪谷に眠る鉱石をめぐって、米ソを交えての情報戦が繰り広げられたのです。

 カル・リアクタというゲリラ組織の長であるラポーラとは、一人の固有の肉体を持つ人物ではなくて、概念としてのものであり、複数存在することもある、という設定であることが終盤で明かされます。何代目のラポーラという考えで見ればいいようです。ということは、破壊工作員の志度正平が一人のラポーラを抹殺するという使命は、まったく無意味だったということになります。
 最後の赤く濡れた月影が印象的な長編小説です。【5】
 
 
※初出誌:『小説推理』(1984年1〜7月号に連載)
 その後、大幅に加筆修正をして、昭和60年1月に双葉社より単行本として刊行。
 
 
 
posted by genjiito at 20:14| Comment(0) | ■読書雑記
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