2018年09月01日

日比谷で橋本本「若紫」を読む(2018年度-その5、誤植発見)

 昨夜は、神宮外苑の近くで、久しぶりにぐっすりと眠りました。ハーバードでの夜中は、大学の前期試験の成績処理や学生からの問い合わせの回答、インドから急に届いた校正依頼に加えて、今秋から新たに始まる社会人講座の対応などに追われていました。なかなか寝る時間の確保ができませんでした。ネットワークにつながっていることは、世界のどこにいても仕事が付いて回ります。これは、便利さと忙しさのもろ刃の剣であり、長短があるのは仕方のないことだと諦めています。

 そんなこともあり、自宅ではなくても、日本にいるという安心感と距離感は、何物にも変えがたいものがあります。

 今朝は、地下鉄銀座線の赤坂見附駅で丸ノ内線に乗り換えて霞ヶ関駅に行こうとしました。赤坂見附駅のホームに降り立って見回しても、丸ノ内線のホームへの指示がよくわかりません。目の前を通り過ぎる電車を見て、何と丸ノ内線のホームが到着した銀座線のホームの真向かいだったことを知りました。ボストンで乗り換えに苦労したばかりの身には、この心憎い仕掛けは驚くばかりです。

 今日の講座は、ハーバード大学が所蔵する鎌倉時代に書写された『源氏物語』を調査して来た話から始めました。写真をスライドで映写しました。もちろん、ハーバード大学蔵本「須磨」と「蜻蛉」の実情も、スライドで見てもらいました。
 配布した資料は、京都で印刷したものなので、ボストン経由で日比谷に持ち込んだものです。昨日までいたハーバードの香りを伝えるものとなりました。

 今日は、33丁裏6行目「あてに〜」から34丁表5行目「〜か者可り」までの半丁分を、いつものように字母を確認しながら進みました。
 「【事】八里那里」と「【人】そう尓」について、「事(こと)」や「人(ひと)」という漢字が使われていることに対する質問がありました。今の時代の表記では、「【事】八里」は「理り」と表記し、「【人】そう」は「一族」と表記するところです。これは宛漢字とでも言うのでしょうか。現代においては、馴染みのない表記です。しかし、漢字表記の一つ一つには統一された意味が込められているはずであり、統一された表記以外に違和感をもつという理解は、近現代の答えありきという風潮に起因するものだと思います。漢字優先の教育方針の元で、画一的な答えを求める現代の国語科の先生方の教育の弊害だと思っています、と答えました。
 多様な表記や表現をしていたかつての日本語の状態が、今は画一的な、採点して評価しやすいものを正解とする風潮になっているように思います。そのように教育されてきたので、それに躍らされないようにしましょう、という変な話になっていき、慌てて押し留めて自重しました。
 なお、34丁表4行目「・思・【給】ふる・」の「思」は、これが漢字表記であることを明示して「【思】」としなくてはいけません。校正時の見落としなので、ここにその不正確な印刷になっていることを明記してお詫びします。

 今日は、日比谷図書文化館での講座を終えた後は、有楽町駅前で課外講座の一環で打ち合わせをし、ゆったりと新幹線で京都に向かっているところです。
 明日は、久しぶりに自宅で手足を伸ばして身体を休めます。





posted by genjiito at 21:53| Comment(0) | ◎NPO活動
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