2018年09月10日

清張全集復読(21)「増上寺刃傷」「背広服の変死者」「疑惑」

■「増上寺刃傷」
 信濃守尚長は、意地悪であくどい男でした。その裏には、祖父と兄の失態からくる敗北感に裏打ちされた卑屈さがあったのです。
 和泉守忠勝は、この尚長に虐められます。堪忍袋の尾が切れた時に、切りかかっていたのです。まさに、殿中松の廊下の翻案です。
 清張は、この劣等感と憤懣やる方ない気持ちが、己に内在するものでもあることから、作品によく取り上げています。お得意の男の捻じ曲がった心情を描くのは得意なのです。読者を納得させる筆の力を感じる作品です。【5】
 
初出誌:『別冊小説新潮』(1956年7月)
 
※『松本清張全集 36』(文藝春秋社、1973.2.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」には次のようにあります。
どこの職場や住む世界にもイヤな奴はいるもので、この材料を読んだとき、自分の体験からそう思って書いた。(542頁)

 
 
■「背広服の変死者」
 地方紙の広告部校正係で38歳の男が、金銭的な問題から自分で変死体になることを望みます。その背後には、新聞社という職場での高卒と大卒の違いによる「劣弱感」や「劣敗感」があったのです。清張自身の姿が投影されています。嫉妬と遣る瀬なさを抱え込んで生きる男の描写は巧みです。
 惨めな生き様を見せる男が、次々と、これでもかと描き出されます。清張の心の片隅に眠っていた、過去の亡霊たちのように思えます。溜まりに溜まったものを吐き出すかのように、暗く陰鬱な男たちが立ち現れるのです。みごとな再現という他はありません。【5】
 
初出誌:『文學界』(1956年7月)
 
 
■「疑惑」
 自制心の強い縫之助は、妻の留美が同役の源兵衛との仲に疑念を抱きます。
 最後の最後に、意外なことが語られます。私には、この結末は承服できません。余りにも妻をよく描こうとしていると思えるからです。そうであっても、この物語は読ませます。【5】
 
初出誌:『サンデー毎日 涼風臨時増刊号』(1956年7月)
 
※なお、同題名で内容はまったく異なる長編推理小説『疑惑』(『オール讀物』、1982年2月)があります。
 
 
 
posted by genjiito at 23:12| Comment(0) | □清張復読
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