2018年07月21日

映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』

 今日もカンカン照りで、京都は8日間連続の38度超えです。明日も下がらないようなので、新記録はまだまだ更新されそうです。
 そんな中を、気温が1度だけ低い(?)大阪に出かけました。久しぶりに映画を観るためです。

 梅田スカイビルタワー イーストにある「シネ・リーブル梅田」は、阪急梅田駅から意外と遠いところにありました。これまで、大阪駅北側の一帯は、しかも西地区はまったく縁がありませんでした。まだ建設中で、これからさらに大きく変わるようです。

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 今日から大阪・梅田で公開の『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』(監督・湯浅弘章)は、言葉がなかなか出てこない女子高生が主人公です。いい映画でした。暑い中を出かけて来て観て良かった、と大いに満足しています。
 近畿圏での公開は、以下の通りです。

シネ・リーブル梅田 →7/21(土)〜
 
京都シネマ →8/18(土)〜
 
シネ・リーブル神戸 →7/28(土)〜


 この映画については、公式ホームページに任せしましょう。

「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」

 一番印象に残ったのは、主人公が鼻水を垂らしながら熱演していた場面。2回ありました。このシーンは必見です。

 映画を観ながら、昔の自分の姿が思い起こされました。中学から高校にかけて、私は赤面症(あがり症)でした。授業中に指名されると、みんなの視線が自分に向けられていると思うが早いか、顔が真っ赤になるのです。
 先生の質問の意味も、答えもわかります。しかし、どうしても言葉が出なくなるのです。そして、「わかりません」と言って、そそくさと椅子に座って逃げていました。

 中学の頃には生徒会の代表をしたり、高校では学生運動の会場で演説をしたりと、大勢の前では話せました。それが、教室ではまったくダメだったのです。

 18歳で高校を卒業してすぐ、東京で新聞配達をしていて配り終えた直後に、突然に十二指腸が破れて意識を失いました。神経を擦り減らす日々の中で、自分の胃液が自分の内臓を溶かしていたのです。
 主治医から「無責任に生きなさい」という助言をいただきました。以来、喋りすぎだと言われるほどに、よく喋って生きて来ました。負い目というか、引け目というか、コンプレックスの一種には、若い時によく悩まされたものです。そんな自分がかつていたことを、今は誰も信じてくれそうにありませんが。

 映画の中でギターを弾いて歌うシーンを観て、自分もかつてはそうだったと思い、自宅に帰ってすぐに未整理の段ボール箱からこんな写真を探し出しました。17歳の春のワンショットです。テニスとギターと写真に明け暮れた日々の思い出です。この写真も、二十歳の時に住み込みの新聞配達店が火事になり、持ち物のすべてを無くした私にとって、数枚しかない貴重な写真です。

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 監督の湯浅氏には失礼ながら、予想外にいい映画だったので、原作の漫画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』(押見修造、太田出版、2013年1月、2017年12月 第12刷)を買いました。

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 帰りの電車の中で一気に読みました。鼻水の場面はありませんでした。漫画の軽さが、映画ではしっかりと物語に仕上がっていました。

 この映画は、風景がきれいです。光を巧みに取り込んだ映像は、若者たちの爽やかさを引き立てています。背景が過去に引き込むのではなく、明日へと向かう若者を後押しする明るさがあります。主人公が抱え込むコンプレックスから産み出される暗さや深刻さを、風景が、背景がうまく相対化して前へと照らし出しています。

 この映画はお薦めです。

 チラシを紹介します。

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posted by genjiito at 18:38| Comment(0) | *回想追憶
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