今まさに、京都は祇園祭に沸いています。その意味からも、早速本書を読んでみようと思われた方は、第8章の祇園祭の山鉾巡行の話から読まれるといいでしょう。説明が非常に具体的で、何がわからないのかを明確にして語られています。私も、今年は本書から得た知識を携えて、祇園祭の雑踏の中に身を置こうと思っています。
さて、本書は、数多い京都の神社の歴史と地理について、わかりやすく概観した本です。現在佇んでいる神社と祭りの姿の背景にある、さまざまな謂れが紡ぎ出されていきます。詳細な実地踏査を行なっての語り口なので、安心して読み進められました。
平安京造営以前と以後にわけての説明も、長い歴史が堆積する京都のことなので、スッキリと理解できます。また、京の町衆からの視点が生かされていることも、特筆すべきことでしょう。為政者側からの歴史語りだけではないのです。
読み進んでいって、一番楽しみにしていたのは、第5章の葵祭についてです。しかし、正直なところ期待ハズレでした。他の章と比べても、切り込みが浅いと感じました。私が知りたいと思っていたことと、著者の興味と関心が完全にズレたようです。
そのことは、葵祭に関して民俗学的な視点で長年調査してこられた小山利彦先生の研究成果が、内容にも注記にも皆無であることからも言えます。
小山先生は、下鴨神社や上賀茂神社での祭儀に長年にわたって立ち会い、祭りの本義を神官や地域住民のみならず、民間伝承と文献資料の考察に加えて、その成果を文学作品の解釈に援用しておられます。文学を理解するための賀茂祭の調査研究が背景に核としてあるだけに、さらにはそれがライフワークともなっているだけに、その研究成果が本書には一つも盛られていないことが気になりました。
小山先生の調査には、私も後輩としてご一緒させていただきました。神職の皆様との長いお付き合いから得られた生きた情報は、文献資料や口頭伝承を補完するものも多いことを学びました。本書にそのことが取り込まれたら、さらに興味深い内容が展開したことでしょう。
下鴨神社で禰宜をなさっていた嵯峨井健氏は、神仏習合をテーマとする儀礼空間の研究で学位を取得されました。私は嵯峨井氏の後輩でもあることから、葵祭の祭儀に随伴させていただいたことがあります。
「京洛逍遙(141)葵祭の社頭の儀」(2010年05月15日)
「京洛逍遥(232)葵祭で神仏習合を考える」(2012年05月16日)
「京洛逍遥(276)下鴨神社の葵祭-2013」(2013年05月15日)
直接下げられたばかりの神饌の前で、懇切丁寧な教えを受けました。秘儀と思われることも、研究者の視点で読み解いてくださいました。そんなこともあったので、本書の第5章は楽しみだったのです。このくだりは、自分の興味と関心に引きつけ過ぎた、あくまでも読書雑記としてのコメントであることをお許しください。
本書を通して、さらに欲を言わせてもらえれば、周辺図と境内図がもっとあると、地理的な状況が伝わったと思います。記事のそばに図版が置かれているので、前後に目が移動することはないような配慮は伝わって来ました。その点はいいとしても、もっと点数があれば、ということです。京都に住む私でさえ、地理的な位置を別の資料で確認しながら読み進めたので、そのような感想を持ちました。
さらには、コラムとしてのこぼれ話もほしいところです。幅広い視野で見通した説明が多いので、各社寺にまつわるおもしろおかしい話があると、旅人として本書を紐解く人は、読後の印象が違ってくるはずです。京都が立体的に見えてくることでしょう。
もちろん、こうしたわがままな要求に応えていると、ページが嵩みます。こうしたことは、続編に期待することかもしれません。妄言多謝。
そんな勝手な注文はともかく、わからないことはわからないと明記する姿勢が顕著なので、安心して読み通せます。京都の新たな魅力を知るための一書として、一読をお薦めします。【3】
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