2018年06月14日

読書雑記(230)清水潔『「南京事件」を調査せよ』

 『「南京事件」を調査せよ』(清水潔、2016年8月25日、文藝春秋)を読みました。

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 本書の冒頭に、次の文章があります。この本の性格を示すものなので、まずは「まえがき」の書き出しから引用します。

 あえて冒頭に明記しておきたいことがある。
 それは本書が”ある一部の人たち”から拒絶される可能性についてだ。
 これが「南京事件」、「南京大虐殺」などと呼ばれるこの事件を、数年にわたって取材した私の素直な感想である。
 1937年、中国・南京で日本軍が起こしたとされる(引用者注・「される」に傍点あり)虐殺事件……、と、短く事件を説明するだけでも、必ず「される」といった言葉尻が求められるのだ。
 この事件は、存在そのものが「あった」「なかった」と延々と論争になっているからだ。
 あるいは事件の存在は認めても、今度はその被害者の「人数」で激しい議論が続いていたりもする。数千人から、30万人以上と、その幅はあまりに広く今後も折り合いはつきそうにもない。そして次には〈南京30万人虐殺の嘘〉といった声も飛び出す。(3頁)


 著者は資料を慎重に吟味し、解釈していこうとしていることが伝わってきます。常に中立の立場を意識して考え、事実を確認して真実を知ろうとし、わかりやすく語ろうとしています。その姿勢に、テーマの重さに対峙する著者の苦しみがうかがえました。
 元兵士の「陣中日記」などの発掘と紹介は、虐殺の事実を証明する上で貴重な資料の提示となっています。「黒須上等兵の日記」といわれる1次資料は、青インクで記されているそうです。次の昭和12年12月26日の記事は、著者の検証の中でも、中核に位置するものです。この記述の吟味が、真実に近づく一つとなっていきます。

 午后一時我ガ段列ヨリ二十名ハ残兵掃湯ノ目的ニテ馬風山方面ニ向フ、二三日前捕慮セシ支那兵ノ一部五千名ヲ揚子江ノ沿岸ニ連レ出シ機関銃ヲ以テ射殺ス、其ノ后銃剣ニテ思フ存分ニ突刺ス、自分モ此ノ時バカリト憎キ支那兵ヲ三十人モ突刺シタ事デアロウ。
 山となって居ル死人ノ上をアガッテ突刺ス気持ハ鬼ヲモヒゝガン勇気ガ出テ力一ぱいニ突刺シタリ……ウーン/\トウメク支那兵ノ声、年寄モ居レバ子供モ居ル。(59〜60頁)


 時系列において、その物としての資料が持つ価値と共に、説得力を持つものです。複眼的な論証を心がけていることはわかります。ただし、「陣中日記」などの資料吟味とその詳細がもっと語られていれば、さらに読者の理解が深まったと思われます。元兵士の日記が、著者自身が見つけた資料ではないところに、紹介者の立場に身を置いての解釈であるところに、迫力を欠くものとなっています。もちろん、紙幅の関係もあり、それらは実際に博捜して探し出された方の発言と、見せてもらった資料が語るところに譲らざるを得なかったという限界はわかりますが。
 こうした戦場での一次資料となる筆記資料や写真や証言の組み合わせは、事実を明らかにする上で効果的です。ただし、学問的な手続きによる資料と書かれている内容の検証がなされているかと言えば、私の読解力では論理的な構成などに、まだ反論の余地を残しているようにも思われます。私自身がこの資料を実見していないので、この点に言及できません。書かれていることを信じると、という条件下での判断です。問題が問題だけに、常に資料や証言の読み解きに多視点的な判断をしてしまいます。
 それにしても、虐殺はなかった、という立場からの実証的な反論を聞きたくなります。まだよくは調べていないものの、目にしたらそれをまずは読みたいと思っています。少なくとも、虐殺者は30万人だった等等、人数を云々するやりとりは不毛に終わるので、やはり虐殺はあったのかなかったのか、もしあったとすればどのような状況で、どのような方法で、そしてそれはどのようにして処理されたのかを明らかにすべきだと思います。虐殺はなかったという立場からは、残された資料や証言や写真を一刀両断のもとに切り捨てるのではなくて、その存在が意味することも丁寧に解明して反論とすべきでしょう。
 第5章の「旅順へ」は、重い問題提起となっています。この章により、本書の性格と著者の物の見方や考え方への印象が違ってきました。まだまだ、この問題は追求すべきことが残っています。そして、戦争とは何かというテーマに性急に結論を出そうとするのではなくて、もっと事実を固めていくことの大切さを読み取りました。【4】
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ■読書雑記
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