2018年05月28日

清張全集復読(16)「石の骨」「柳生一族」

■「石の骨」
 学問に携わる者にありがちな、他人を見下した目線で僻みっぽい思考を露骨に見せた表現で語っていきます。学会の無能さや、学歴偏重の社会への痛烈な批判が底流にあります。清張が得意とするネタです。清張の奥底に溜まっている感情の表出だとみています。
 日本旧石器時代説をめぐる、学者の嫉妬と苦闘が語られていきます。苦学する市井の学者を描くことにかけては、清張の右に出るものはいないでしょう。【4】


初出誌:『別冊文藝春秋』48号10(昭和30年10月)
 
※『松本清張全集 35』(文藝春秋社、1972.7.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」によると、次のように記されています(526頁)。
「石の骨」は、日本にも旧石器時代があると以前から主張してやまなかった考古学者直良信夫氏がモデルである。直良氏は、いわゆる明石原人を発見した人だが、不幸にも発見した人骨は戦災で焼いてしまい、今日ではその石膏型が東大に残っているだけである。直良氏くらい、迫害と悪口と冷笑のなかに過してきた考古学者も珍しい。ここにも考古学界におけるアカデミズムと在野の問の相剋があるが、森本氏とは別な意味で私は直良氏に惹かれていた。直良氏は恵まれない学界の環境に置かれて悪戦苦闘されたが、今日の考古学はすでに日本にも無土器文化時代があったのを承認して、直良氏の業績を認めざるを得なくなっている。氏のために喜びにたえない。

 
 
■「柳生一族」
 一族の素描に終始しています。淡々と語るその筆致のそこここに、清張の史観が垣間見えます。ただし、それは書き記そうとしてのものではないので、読む側からはかき消されていきます。これは小説というよりも、ナレーションのような原稿です。【1】


初出誌:『小説新潮』(昭和55年10月)
 
※『松本清張全集 35』(文藝春秋社、1972.7.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」によると、「自分としては出来のいいものと思っていない(257頁)。」と言っています。
 
 
 
posted by genjiito at 22:21| Comment(0) | □清張復読
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