2018年05月05日

京洛逍遥(488)洛陽三十三所(30)椿寺 地蔵院

 今日は端午の節句。こどもの日です。
 京都こども文化会館(エンゼルハウス)では、「エンゼルたのしい音楽会 ♪こどもの日のコンサート♪」があるので、子供たちが集まって来ていました。

 会館玄関前にある人形時計塔直下のテラスには、写真で見える道路側には「竹取物語」のかぐや姫の人形が、その裏側の会館側には「西遊記」の孫悟空や三蔵法師らの人形が、シンセサイザーの音楽に合わせて動くそうです。

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 午前9時から午後5時までの偶数時はかぐや姫の出番。ただし、今日はかぐや姫が出た直後だったので、見られなくて残念でした。

 その近く、西大路通り沿いの西大路一条にある「椿寺 地蔵院」に行きました。ここは、洛陽三十三所の第30番札所です。
 街中の小さなお寺です。境内はすっきりしていて、観光客は来ないこともあり、静かな所にあります。

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 以下、ホームページ「洛陽三十三所観音巡礼」第三十番札所 椿寺 地蔵院から、解説の一部と地図を引きます。

御詠歌
 かんのんへ まいるおてらを たずぬれば
   なにかわばたの じぞうどうとや

 当院は昆陽山地蔵院と云い、神亀三年(七二六)行基菩薩が聖武天皇の勅願に依って、摂津国昆陽池のほとりに一宇を創建したのが始まりである。その後平安朝になって、衣笠山の南に移され、七堂伽藍を完備した名刹であったが、明徳二年(一三九一)の内野の合戦によって、堂宇残らず灰燼に帰す。足利義満公は、深く当院の荒廃を惜しみ、金閣造営の余材を以て仮堂を建て地蔵菩薩を奉安した。次いで天正十七年(一五八九)、豊臣秀吉公の命によって一条紙屋川西の現在の地に移り、今に至っている。
 その秀吉公が、北野大茶会の縁により献木したと云われる「五色八重散り椿」があったところから、一般に「椿寺」と呼ばれている。(中略)
 本堂南側の観音堂内中央の御厨子には、慈覚大師の作と伝えられる一木作りの十一面観世音菩薩立像[御丈五尺三寸]が雨宝童子、春日龍神の両脇士と共に奉祀してある。


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posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◎京洛逍遥
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