2018年03月11日

ビルマ語にも変体仮名があるのでは?

 この記事も、前回同様に専門外の思いつきであり、あくまでも私見です。
 もしかして、すでに研究成果があり、これが間違っていたり、ひょっとして何かの間違いでいい線をついていたりするかもしれません。

 いずれにしても、旅先での[とはずがたり]ということでご寛恕のほどを願います。
 最近よく、「もっと勉強してから書け」とか「よく調べろ」というご批判をいただきます。
 一方的な暴言は甘受するしかないものの、毎日の日記の公開というブログの性格上、突然のアホバカ呼ばわりは平にご容赦いただきたいと思います。
 私としても、毎日の流れの中で書いていますので、ある日の特定の箇所だけを切り取っての攻撃には対処のしようがないのです。
 これは、生き続け書き続けることに意義を見いだしている者にとっては、困った現象だと思っています。

 さて、インドから伝わって来た文字が変化して、今のミャンマーアルファベット(アケア)があるそうです。
 もちろん、今回来ているミャンマーではじめて知りました。

 先日訪問した国立図書館で、文字に関する展示パネルを拝見し、このビルマにも日本で再評価されている変体仮名とでもいうべき文字のスタイルが併存する時期があったのではないか、と思うようになりました。

180308_hentaimoji1.jpg

 例えば「が」(?)と読む文字について。
 次の写真に、色文字でメモを追記しました。

180308_hentaimoji2.jpg
 パガン朝時代の文字が、スタイルを変えて今に来ているそうです。
 右端の文字は、視力検査で使われる記号のような文字であり、「下」と答えている文字(?)記号(?)です。
 ただし、発音も意味も、それぞれに変わらないとのことです。
 王朝ごとに文字の形が変わってきた、ということで、それぞれの時代に文字は一新されているという説明だったかと思います。

 そこで、勝手な思いつきが浮かびました。
 文字が突然一新されることは考えにくいので、当然共存して使われた時期があったことでしょう。
 そうすると、次々と文字が変遷したと見るのではなく、異なるいくつかのスタイルの文字が一緒に使われていた、ということを想定するとどうでしょうか。
 変体仮名のような文字の存在があったのでは、ということにならないでしょうか。
 当然、国策であれば、異体字は自然淘汰されていくことでしょうが。

 日本では、明治33年以前には、千年近くもの長い間、「あ」という平仮名に「安」「阿」「愛」等が用いられていました。
 例えば、「伊勢」は今では漢字による表記として理解されています。
 しかし、「伊」も「勢」も、いずれの文字も明治33年以前には平仮名に属する仮名文字であり、その後に共に変体仮名として平仮名のグループから外されたのです。
 国策として、平仮名の枠から外され、文字統制によって変体仮名が生まれたのです。
 ただし、それ以降も、しばらくは現行の五十音と切り捨てられた変体仮名が共存していました。
 今でも、共存しています。
 例えば「お天も登」

180310_otemoto.jpg

 ということで、手元に何も資料がないままに、勝手な思いつきを記しました。
 実際には、ミャンマーの古い文字はどうなのでしょうか。
 来週には日本に帰りますので、あらためて調べてみたいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 01:40| Comment(0) | ■変体仮名
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