2018年02月24日

[町家 de 源氏物語の写本を読む](第6回)の報告(重ね書きの問題点)

 勉強会の会場としてNPO法人〈源氏物語電子資料館〉でお借りしている「be京都」(http://www.be-kyoto.jp/)の部屋には、春を感じさせる花が活けてあります。

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 今日は、先日来ハーバード大学の先生から問い合わせを受けていた、『源氏物語画帖』の詞書に見られる「開」という漢字をどう読むか、ということの話題から始めました。諸本は「さく」とあるところを「開」という漢字で書いているのです。意味はそうとして、これをどう読むか、ということで質問を受けていたのです。
 本来なら「咲」と書かれるべきです。そうなっていないことについて、私の考えがまとまりましたので、その結果をハーバード大学にお伝えし、その私見を今日は参会者のみなさんに聞いてもらいました。中国語の問題ともなるので、いつものように博識の庄婕淳さんが欠席なのが残念でした。

 さて、今日も『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤編、新典社、2013年)で、ナゾリが認められる箇所など、非常にマニアックな問題を一緒に考えました。
 一例をあげます。

 16丁裏の最終行で、文字を重ねてナゾル場面を見ましょう。
 写本では、行末や丁末に書写のミスが発生しやすい傾向があります。ここも、その例です。

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 まず、右側の丁の最終行ということで、書写者の左手は、これまで使用していた書写用の小道具である糸罫を右丁から左丁に移動する動作に入ります。また、目は親本の丁末の文字から次の丁の行頭に移っています。つまり、書写者は文字を写し取ることにおいて集中力が途切れ、写すための作業に気持ちを取られているのです。手も目も、そして姿勢も。この状態で、親本に書かれていた文字列の丁末の「な里遣れ奈と乃」と書いて、次の丁に移ろうとする、ちょうどその場面で、あろうことか書き間違ったのです。

 丁末にある「乃」が記憶に刻まれていたこともあり、「な里遣れ」と書いてしまいました。しかし、糸罫を移動し次の丁の行頭から「給てあけくれの本と尓」と書こうとして、右丁最終行に2文字分の空白が残っていることから、脱字となっていることに気づいたのです。そこで書写者は、「な里遣れ」の「乃」の上に「奈」と重ね書きし、そして「と乃」と続けています。これで、「な里遣れ奈と乃」と無事に親本通りに写し終えることができたのです。

 この『ハーバード本「須磨」の書写者は、間違いに気づくとすぐに修正する傾向が確認できています。ここもその例です。

 とにかく、行末や丁末には書写ミスが多いことと、ミスに気づくとすぐに間違った文字を小刀で削って、その上から正しい文字を書いたりしています。ここでは小刀を使わずに、重ね書きをしています。そして、二つの「乃」の字形からわかるように、親本の字母を忠実に写し取っていると思われるのです。

 写本を丹念に見ていくと、書写した人の性格や、その時の心情や状況が推し量られておもしろいものです。
 今日は、非常にマニアックな勉強会でした。さまざまなことを想定して写本に書かれた文字を読み取りながら進んでいるので、終わるとどっと疲れます。しかし、爽快感の残る疲れです。

 次回となる第7回は、3月31日(土)午後4時から6時までです。いつもと開始時間が2時間ほど遅くなります。
 このようにして写本を読むことに興味と関心をお持ちの方の参加を望んでいます。

 帰り道で、烏丸通沿いの同志社大学前にある、和菓子の「俵屋吉富」さんに寄りました。
 来週月曜日から行くインドとミャンマーへ持参するお土産をいただくためです。

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 この時期に海外に行く時には、私は決まってお雛祭りに関係するお菓子を持っていきます。海外では、煎餅やおかきが喜ばれるので、季節のものとの組み合わせで決めています。今日いただいた内の一つを紹介します。

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 明後日から半月ほど家を空けるので、やりのこしている仕事に追われて大わらわです。いろいろと不義理をしたままで旅立ちます。多くの方々にご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありません。3月中旬に帰ってきてから、可能な限りの穴埋めをしますので、ご寛恕のほどをお願いします。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◎NPO活動
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