2018年01月30日

パスワードを191個も持っていたこと

 年末から年始にかけて、日頃使っているパスワードの更新や変更をしていました。少しずつではあるものの、ほとんどのパスワードを変更しました。この一つ一つの変更はなかなか大変なことで、面倒な作業でした。

180130_kaken.jpg

 そしてわかったこと。

 私が使いこなしているパスワードは、メモなどを寄せ集めると、何と191個もありました。あらためて調べたことはなかったので、この多さに驚いています。実際には、無意識に入力しているものも含めると、もっとあるかと思われます。ざっと計算して、250個はあるのではないでしょうか。

 いろいろなウェブサイトにログインする時に、パスワードを定期的に更新するように促されます。怠っていると、しばらく更新がないという警告を受けることにもなります。しかし、これには、どうしたものかという戸惑いと共に、疑問も残ります。たくさんのパスワードを管理させられている身としては、そう簡単に変えては、自分自身が混乱の坩堝に嵌まります。自殺行為なのです。
 かといって、パスワードを管理するアプリを信用するほど平和ボケはしていません。20年以上も前にヨーロッパから日本の仲間に送ったメールを、あるサイトから取り出したことがあります。一度ネットに流した情報は、世界中で共有したも同然だと思っています。アップルのブラウザの機能に、パスワードを補完するものがあります。しかし、これも時々おかしな動きをします。

 この記事をお読みのみなさんは、定期的にパスワードを変更なさっているのでしょうか。
 私は1年毎に変えているつもりです。それでも、多くのパスワードを一つ一つ変えていくのは、なかなか気力と体力と労力が要るものです。歳と共に記憶力の減退を痛感する身としては、こうした更新が自分の首を絞めます。どうしてもログインできないサイトが、必ず後で見つかるのです。

 今、私が使っている情報文具は、MacBookPro・iPhone・iPadProが中心です。そして、これらはいずれも「指紋認証」が有効です。自分の身体の一部を使うので、記憶力に頼らない分、気分的にも楽です。
 私がまだ利用していないものとしては、掌や顔認証と虹彩認証があります。文化的にも、記憶に頼るシステムは原始的だと言えるかもしれません。人間は忘れるし、思い違いはあるし、勘違いも錯覚もあります。

 こうしたセキュリティがどうなっていくのか、今後の動向が気になります。

 私が死んだ後、プライバシーが詰まった個人所有の情報文具は、誰がどのようにして開くのか、または誰にも見られない状態で放置され、消滅していくのか……
 深くは思い詰めないようにしている問題だけに、このままでいいはずはありません。

 情報やデータには、無限の価値があります。それを健全な方策で次世代にひき渡し、有効に活用してもらうためにも、セキュリティとプライバシーの間の橋渡しの一端を担うパスワード等の個人認証手続は重要な役割を果たします。そのやり方をどうするかは、すべての人に関わる問題でもあります。このことは、一日も早く対策を講ずる必要があるでしょう。といっても、今はパスワードを更新する中で、渾沌の中を歩んでいくしかないのが実情です。

 人任せにしかできないことに忸怩たる思いがあるものの、一日も早い解決策が構築されることを待ち望んでいます。次世代に託すしかないといういことが、どうにも悔しい思いに押しやられる、残念さが残るものだといえるものです。
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◎情報社会
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。