天正2年の元旦。織田信長が岐阜城で催した祝宴から始まります。そして、丹羽長秀にスポットが当たります。長秀の視野には、常に羽柴秀吉がありました。秀吉が、次第に認めたくない者となって行くのです。その心の中が巧みに描かれます。それでいて、長秀は先輩として後輩の秀吉を助ける役を演じます。悔やみながらも、時の流れに抗えなかったのです。不甲斐なさを身に染みて感じます。後輩である秀吉から先輩に当たる自分に所領が与えられることにも、心は満たされません。その点では、長秀と並んで描かれていた滝川一益の生きざまと、その末路が対照的です。死ぬ間際の長秀の行動が、いかにも清張らしい筆遣いで語られています。心に籠っていた怨みを一気に晴らすのでした。【5】
初出誌:『小説新潮』(昭和30年8月)
※『松本清張全集 35』(文藝春秋社、1972.7.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」には次のようにあります。
時代ものに材は籍りたが、私は現代的な現象を頭に置いて書いた。(526頁)
■「尊厳」
大正天皇の病気平癒祈願のために、宮が九州を回られることになりました。その先導車の運転を任された警部の多田の心労が語り出されます。緊張のあまりに錯乱して、多田は道を間違えます。その心の動きを描く筆が、巧みです。署長が自殺し、追うようにして多田も死にます。戦後、残された息子の貞一は、朝鮮戦争で死んだ米兵の死体を洗う仕事に就き、大金を手にします。そして、父が死ぬ原因となった宮に近づきます。没落した宮を立て直させ、復讐を図るのです。しかし、この物語の最後は、着地が決まっていないように思いました。拍子抜けしました。清張には珍しいミスです。【2】
初出誌:『小説公園』(昭和30年9月)
※『松本清張全集 35』(文藝春秋社、1972.7.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」によると、この話の実話は、昭和初期に群馬県桐生市での行幸にまつわるものだとあります(526頁)。
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