2018年01月08日

読書雑記(217)山本兼一『まりしてんァ千代姫』

 『まりしてんァ千代姫』(山本兼一、PHP文芸文庫、2015年11月)を読みました。

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 まず、「ァ」を「ぎん」と読むことを、本書で始めて知りました。
 ァ千代姫は一見男まさりのようで、実は花を愛でる心優しい女神だったといいます。舞台は16世紀の九州北部。ァ千代姫を中心とする戦国時代の物語です。

 作者は、女心をさも自分が見聞きしたかのように自在に語っています。男である作者山本兼一が描く女性心理は、どれだけ的を射ているのか知りたいところです。ァ千代姫が結婚した場面などは、13歳の女の子の気持ちが詳細に語られています。これも、現代の女性たちはどのようにその描写を読むのか、非常に興味があります。

 しばらく読み進んで来た時、印刷の文字のフォントが違って来たことに気づきました。作者の語る部分と、ァ千代の侍女みねが語る部分は、文体はもちろんのこと、見た目にも書き分けられているのです。

 前半に据えられた「祝言」の章は秀逸です。人間の気迫と情熱が語られる物語です。
 戦をする時の人の気持ちが、男と女の両面から語られています。特に、ァ千代という女の視点からの語り口に、新鮮で温かい眼差しを感じました。

 ァ千代が秀吉の人質として、九州から大阪に行くくだりから、話はさらにおもしろくなります。
 その後、ァ千代の夫は柳河に移り、さらに朝鮮へ出兵します。夫婦は大きな歴史の荒波に漕ぎ出すことになったのです。そんな中でも、ァ千代は冷静沈着に立ち動きます。「女はつらい」という言葉を何度も漏らしながら。

 人質として預かった公家育ちの側室に手を焼くァ千代が、魅力的に描かれています。その中で、『源氏物語』が自分たち田舎者には馴染めない例として引かれています。『源氏物語』の受容史の一例として引いておきます。

 ァ千代が問いかけると、宗虎が首をふった。
「わしも、最初はそう思うてな。あれこれと話そうとしたのだが、なにしろ京の今出川家と内裏の界隈からほとんど外に出ずに育ったとかでな。歌と源氏物語のこと、香と季節の花のことよりほかには、なにも話ができぬのだ」
 ァ千代は、くすりと笑ってしまった。(434頁)
(中略)
「よろしいではございませんか。源氏物語のお話をお聞きになっておあげなさいまし」
「ああ、すこしは聞いた。しかし、どうにも退屈でな」
 いにしえの殿上人の恋の話を、我慢しながら聞いている宗虎の顔を思い浮かべて、ァ千代はまた微笑んでしまった。
「いや、葵上を苦しめた生霊の話はおもしろかった。というより、ぞっとして恐ろしかったのだがな。女とは、げに恐ろしき生き物だと、聞いていて鳥肌が立ったわい」
 源氏物語の主人公光源氏の正室葵上は、夫の愛人である六条御息所の生霊に取り憑かれ、ついには命を落としてしまう。
 ァ千代は、幼いころ、母の仁志から読み書きを習った。源氏物語はそのころに読んだ。
 生霊の話は子どものころ、ただ恐ろしいだけだった。ひさしく忘れていたが、言われて思い出した。女の心の底には、たしかに生霊となるほど強い嫉妬や執念が眠っている。
 いまなら、そのことがよく分かる。(435〜436頁)


 この長編物語は、読者の心を掴んだまま、意外な方向へと静かに終わります。作者の構想と筆力の凄さを、存分に堪能しました。本を閉じてから、物語の最初から最後までを、しばらく思い返しては再度その展開と人物像を確認しました。
 一人の女性が実に生き生きと描かれています。夫婦の愛情が籠もった物語としても、出色の作品になっています。【5】

初出誌:『文蔵』(2010年11月号〜2012年8月号)
    単行本はPHP研究所から2012年11月に刊行。
 
 
 
posted by genjiito at 01:00| Comment(0) | ■読書雑記
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