2017年10月11日

鉄道会社の「鉃」の字に関する疑問

 昨日に続き、先週末の東京でのことです。
 日比谷公園では、さまざまなイベントがあります。ちょうど「第24回 鉄道フェスティバル」というイベントをしていました。大噴水広場の周辺です。10月14日は、明治5年に新橋と横浜の間を始めて鉄道が開通したことを記念する鉄道の日です。平成6年に制定されたのだそうです。

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 この会場の一画で、私の名前と縁のある「鉃」の字を見かけました。

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 隣の看板には、普通の「鉄」が書いてあります。

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 もちろん、近くには旧漢字で「鐵道」と染め抜いた幟もはためいています。
 この「鉃」は、今でこそ、ごく普通にモニタに表示でき、印刷もできます。しかし、今から20年以上も前に、JISやシフトJISで日本語の文字コードを操っていた頃には、どうしても表示できない文字でした。当然のことながら、「鉃」は外字扱いです。自分の名前を正しく書く必要があるときは、作字をして嵌め込んでいました。文字のポイントが変わると、ギザギザ文字のみっともない名前になります。懐かしい時代のことです。
 日比谷公園で見かけた「鉃」は、日本全国のどの鉄道会社が使っているのでしょうか。大阪の天王寺周辺では、よく見かけます。
 ネットで見ると、「鉃」とするのはロゴであって、正式には「鉄」だとされています。しかし、その元は「鐵」なので、そこから考えるとどうなるか、ということになります。
 なお、大阪の私鉄である近鉄は、1967年に「鉃」から「金へんに失うの[鉄]」に変更した、と言われています。しかし、私が大阪上本町駅の近くにある高校に通っていた時には、違う話を聞いていました。上本町の「近鉃百貨店」の看板を見て、PTAが嘘の漢字を使うのは教育上良くない、という抗議をしたため、以来「近鉄百貨店」にした、ということです。
 お金を失う、ということでは、鉄道部門よりもデパートのイメージダウンを避けた、という方が的を射たこじつけ話のようで微笑ましく思います。実際には、どうだったのでしょうか。
 また、今でもJ Rで「鉃」が残っているのは、国鉄時代の組合の余香では、と私は勝手に思っています。
 そういえば、と思って私の写真ライブラリーを調べてみたら、こんな写真が出てきました。これは、2009年8月9日に、東京のJR車内での中吊り広告です。ここでは、明らかに「鉄」と「鉃」が使い分けられています。これは、どこかで問題になったのでしょうか?

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 この文字の変遷は、どなたかがすでに調べておられることでしょう。ご教示いただけると幸です。
 
 
 
posted by genjiito at 21:46| Comment(0) | *身辺雑記
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