温湿布や指圧で、肩口から頭にかけて揉みほぐしてもらいました。楽になっても、すぐに痛みが強まります。
こうした場合にいつものことながら、救急車を呼ぶのは時間が時間だけに躊躇われます。素人判断ながらも妻の見立てを信じ、肩の凝りからだろうと見定め、夜が明けてから病院に行くことにしました。頭痛に利くという鎮痛薬を初めて飲みました。しばらく身体を休めました。
どこの病院へ行くかは、時間をかけて検討しました。京大病院は、かつて頭痛で行ったことがあり、とてつもない時間がかかったことがあります。そこで、何度か行ったことのある京都府立医科大学病院へ急ぎました。
府立医大病院については、かつて2回ほど以下のような記事にしています。
「京洛逍遥(296)京都府立医大病院のレストラン」(2013年10月15日)
「心身(25)廬山寺の前の京都医大病院へ行く」(2008年10月09日)
今回ここにしたのは、『源氏物語』のことが思い合わされたことは勿論です。『源氏物語』の作者が紫式部だという考えに、私は異論を唱えています。紫式部は、あくまでも『源氏物語』を【監修】した女性であり、一歩引いても編集者です。このことは実証できないものの、そのように確信しています。
廬山寺と紫式部については、角田文衞先生がそのことを論証(?)なさいました。そのお説はともかく、紫式部を広く顕彰なさったことに敬意を表して、寄り添う形で廬山寺と共に紫式部を紹介しています。さらには、私が今の京都の家に住むようになった理由に、角田先生のご自宅へ2007年にお伺いしたことも関係しています。古代学協会所蔵の大島本を、国文学研究資料館で開催する源氏展にお貸しいただけないか、ということで訪問しました。桜が満開の時でした。その時、先生がお住まいの地に惹かれました。その想いが、先生のご自宅近くにあった今の家を選んだことの背景にあります。先生は、その翌年にお亡くなりになりました。私としては内心、最後は廬山寺が見下ろせる府立医大病院で、との想いがあります。
角田先生のことを記した記事は、以下のものがあります。
「京洛逍遥(306)角田文衞先生と出雲路橋の夕陽」(2014年02月05日)
「角田先生のお通夜」(2008年05月18日)
「源氏千年(29)朝日「人脈記」3」(2008年04月24日)
さて、今日の診察では、頭部神経痛と診断されました。2種類の薬をいただいてきました。
MRIの予約が2週間後なので、最終的にはその結果を待って病名が決まります。これは、予想したとおりのものでした。
ということで、しばらくは仕事も活動も自粛気味に取り組まざるをえません。また、多くの方々にご迷惑をおかけします。申し訳ありません。
上記ブログで紹介している「京都ホテルオークラ レストラン オリゾンテ」は、今日行こうとしたらすでになくなっていることがわかりました。残念です。
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