2017年09月12日

谷崎全集読過(29)「西湖の月」

■「西湖の月」

 上海から列車で杭州へ行く折に見かけた中国の女性を、日本の女性と比べながら丹念に描きます。紀行文の体裁をとった作品です。
 杭州駅から西湖畔のホテルに行く途中で、車夫にお金をせびられたことなど、旅の逸話などが添えてあり谷崎の人柄が忍ばれます。
 ホテルの隣室には、列車で一緒だった美人姉妹がいました。気にかけながらも、杭州の西湖周辺の観光に出かけるのでした。月光を浴びながら西湖の湖水の上を船で遊覧し、夜の西湖に身を置いた感激を丹念に綴っています。
 そんな中から、一文を引いておきます。

 首を擧げて四方の陸をぐるりと眺め廻した後、今度はそろ/\と眼を下の方に向けると、私の視野に這入るものはやがてたゞ一面の波ばかりになつてしまつて、何だか船が水の上を渡つて居るのではなく、水の底に沈みつゝあるやうな心地がする。もし人間がほんたうに斯う云ふやうな心持で、靜かに/\船に遙られながら、うと/\と水の底へ沈んで行く事が出來たなら、溺れて死ぬのも苦しくはなからうし、身を投げるのも悲しくはあるまい。おまけに此の湖の水は、月明りのせゐもあらうけれど、さながら深い山奥の靈泉のやうに透き徹つて居るので、鏡にも似た其の表画に船の影が倒まに映つてゐなかつたら、殆ど何處から空氣の世界になり何處から水の世界になるのだか區別が附かないほど、底の方まではつきりと見えて居るのである。(220頁)
 
 此の水の数滴を掌に掬んで暫く空中に曝して置いたなら、冷やゝかな月の光を受け留めて水晶の如く凝り固まつてしまふだらう。私の船の櫓はそのねつとりとした重い水を、すらり/\と切つて進むのではなく、ぬらぬらと捏ね返すやうにして操って行くのである。をりをり櫓が水面を離れると、水は青白く光りながら、一枚の羅衣のやうに其れヘベつたりと纒はり着く。水に繊維があると云つてはをかしいけれど、全く此の湖の水は、蜘蛛の絲よりも微かな、さうして妙に執拗な弾力のある繊維から成り立つて居るやうにも感ぜられる。兎に角にも綺麗に澄んだ水ではあるが、輕快ではなく寧ろ鈍重な氣分を含んだ水なのである。(220頁)


 こうした表現は、観たまま、感じたまま、聞いたままを、硬質の文章にして、意識的に読者に提示しているのです。

初出誌:『改造』大正8年6月号
※「青磁色の女」を改題

 今回読んだ『谷崎潤一郎全集 第六巻』(昭和33年6月、新書判、中央公論社)の解説で、伊藤整は次のように言っています。この作品の背景を理解することと位置づけを考える上で参考になると思われるので、以下に引いておきます。

 この時期の作者の異國趣味はやがて作者を驅つて現實の海外族行をさせることになつた。卽ち大正七年、数へ年三十三歳のとき、作者は、その年三月から住んでゐた神奈川縣鵠沼あづまや別館の家をたたみ、妻千代子と長女鮎子とを、日本橋蠣殻町に米穀仲買店を營んでゐた父の許に預け、十一月に單身中國旅行に出發した。その旅程は朝鮮、滿洲、天津、北京、漢口、九江、南京、上海周邊に及んで、十二月の末に上海から船で歸國した。(264頁)


 私が西湖に行ったのは2007年3月でした。その時の文章は、ブログのサーバーがクラッシュしたために再現できないまま今に至っています。残念です。あの時に行った西冷印社の印鑑は、今も大事に持っています。自分が足を留めた地が物語の舞台になると、作中のイメージが思い合わされて背景に色が付くので大いに楽しんで読めます。本作の杭州の地の話は、まさにそうした想いで読みました。【3】
 10年前の現地での記録として、写真だけでも掲載しておます。

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posted by genjiito at 19:27| Comment(0) | □谷崎読過
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