2017年08月15日

今年のお盆でもお元気な養林庵の庵主さん

 今年も8月13日夕刻に、オガラを焚いて迎え火をしました。ご先祖さまは、この煙を道標にして帰って来られます。今年は次男が焚き上げてくれました。おばあちゃんから話を聞ながらやったことがあるそうです。

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 今日15日のお昼前には、いつものように養林庵の庵主さんが来てくださいました。養林庵は安土桃山時代に創建された尼寺で、先月から始めた『源氏物語』の古写本を読む会の会場である「be京都」(http://www.be-kyoto.jp/)のすぐ北にあります。

 般若心経に始まり、丁寧にお経をあげてくださいました。歳を忘れるほどにお元気です。

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 お膳は、これもいつものように長男が朝早くから来て作ってくれました。庵主さんがいつも褒めてくださる、本格的な和食のホカホカと湯気の立ち上る御膳です。
 木魚は、両親が満州に持ち出し、終戦後は母が引き上げの際にリュックに忍ばせて持ち帰った、あの戦禍を潜り抜けた年代物です。百年を経てのいい音がします。
 左下の赤いものが、孫の名前を記した、地蔵盆で吊す提灯です。
 左手後ろに掛けてあるのは、西国三十三所札所巡りで集印した、ご詠歌のお軸です。私がガンの告知をうけてすぐに石山寺から回り始め、4ヶ月で満願となったものです。お盆や法事の時に掛けています。

「西国三十三所(36)満願の華厳寺」(2010年11月07日)

「西国三十三所(37)大本山永平寺で結願に」(2010年11月08日)

 毎年恒例の行事とはいえ、こうして変わらずにお盆でご先祖さまをお迎えすることができることを、ありがたく思っています。
 読経の後は、庵主さんがいろいろなお話を問わず語りにしてくださいました。こちらの方が、これから回られるお時間を気遣ったほどです。いつも心を開いて、ご自分のことや世相の移り変わりについてお話をなさいます。これも貴重な出会いによる縁だと思っています。
 午後は、河内高安にあるお墓、信貴霊園へ行きました。
 途中、鶴橋の回転寿司屋「海幸」でお腹を満たすのも、我が家のお決まりのコースです。
 霊園に着く頃には、少し雨がぱらついていました。

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 今年も、私が小学校6年生の頃に住んでいた借家の大家さんと、ばったりとお墓で会いました。我が家が大変だった頃、お世話になった方です。植木職人で河内音頭の音頭取りをなさっていたお家が、裏小屋を改装して一時的に貸してくださったのです。四畳半の畳の部屋と三畳の板の間の2部屋で、私のたち家族4人が暮らしました。大阪市内の六畳一間から移ってきたので、贅沢な生活だと思っていました。お風呂は、大家さんの家に上がって使わせてもらっていました。まだ電話がない時代です。生ものは、木の箱の上段に氷を入れるタイプの、冷氷箱とでもいうものに入れていました。
 2、3年お世話になっただけなのに、私をよく覚えてくださっていて、今年も見かけてすぐに声を掛けてくださいました。ここでも、人の縁というものを実感します。
 幸い、帰る頃には雨はあがっていました。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | *回想追憶
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