2017年07月22日

目が見えない方々と須磨で『源氏物語』の散策をしました

 今日はお昼前に、新神戸駅に23人が集合。目が見えない方は13名。目が見えるガイドが10名です。
 参加者は、福島・栃木・群馬・埼玉・東京・神奈川・京都・和歌山・大阪・広島・島根と、全国からの参加です。
 お一人だけ列車の事故に巻き込まれたとのことで、遅れての到着です。まずはみなさにはバスの中で待っていただきました。それでも、定刻に旅は無事に始まりました。

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 バスの中では、参加者各自が自己紹介。リーダーの関場さんの名調子で、楽しくスタートです。

 お昼は、神戸市立国民宿舎「須磨荘 シーパル須磨」内の和食処「漁(すなど)」で、おいしい海鮮丼をいただきました。
 食後は、近くに建つ行平の歌碑まで、須磨浦の海風と波音と塩の香りを肌身に感じてもらいながら散策をしました。これは、予告していませんでした。現地に着く前に、海岸に歌碑があることを知り、急遽コースに入れました。みなさん、歌碑をさわり、書かれた行平の和歌2首を触読しておられました。

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 チャーターしたバスには電話で連絡をとりながら近くまで来てもらい、サッと乗り込みました。
 次は関守稲荷神社(須磨の関跡)です。ここの入口には、俊成の歌碑があります。

     俊成
  聞き渡る
   関の中にも
   須磨の関
   名をとゞめける
   波の音かな


 境内には、『百人一首』の源兼昌の歌碑があります。

      源兼昌
  あはちし満
    閑よふちとりの
   那くこゑ耳
    いくよねさめぬ
     す万のせきもり


 『源氏物語』で、光源氏が須磨に退居していた時、巳の日祓いをしたところをここになぞらえ「巳の日稲荷」ともいわれています。

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 さらに3分ほど歩いて現光寺へ。「光源氏旧居跡」の石柱を触って、「源氏寺」と刻まれた石碑のところから、坂を上って本堂に向かいました。
 住職がお茶を出してくださったので、それをいただいて少し休憩しました。
 本堂には、国宝『源氏物語絵巻』10枚をふすま絵に模写したものがありました。
 ここは、光源氏が住んでいたところだとされています。

 この現光寺からバスで須磨寺に移動。

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 須磨琴保存会の小池みほさんのご好意により、須磨琴の演奏をたっぷり堪能しました。

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 その後、みなさんに須磨琴を体験していただきました。須磨琴を7台も出していただけたので、みなさん一絃琴をひくことができました、これは、想像していなかったサプライズとなりました。

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 その後は、バスで今日の宿泊地である「しあわせの村」に行きました。
 みなさんと楽しい食事をし、温泉に入り、それから集会となりました。
 3人の全盲の方の活動報告を聞きました。
 松江で『百人一首』の勉強をなさっている伊藤さんからは、『百人一首』との出会いや現在の活動の報告を伺いました。独学です。
 続いて、福島県からお出での渡邊さんから、これまでの高校の教員生活と『百人一首』の楽しい話を聞きました。一緒に科研に取り組んだ仲間なので、また新しい一面を発見しました。
 栃木からお越しの南沢さんは、小学校で『百人一首』のクラブを立ち上げた話や、カルタ台の今後について、さまざまな構想も語られました。アイデアマンです。

 みなさん、それぞれに人を惹きつける秘訣を体得しておられます。そうであるからこそ、周りに少しずつ『百人一首』に興味を持つ人たちを、それも目が見えない方々を巻き込んで来られたので。そのパワーには驚くばかりです。

 最後に、この会を取り仕切っておられる関場さんから、カルタ台の普及がこれからの『百人一首』の全国展開のカギとなるという話がありました。

 さらに夜の部は、みんなが一部屋に集まり、日付が替わるまで大賑わいでした。
 とにかく、パワフルな1日でした。
 明日は、『百人一首』のカルタ会です。今日以上に盛り上がることでしょう。
 今晩は、全盲の男性3人と一緒の部屋で休みます。いろいろな話をしながら、学生時代を思い出しています。
 
 
 
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ■視覚障害
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