研修の時、今回選び出した和歌について、少し説明することになっています。
その場の説明だけではよくわからないことが多いと思われますので、以下に予習と復習を兼ねて、用意している文章を引用しておきます。
この文章は、印刷したものを当日お配りします。
今回は、福島・栃木・群馬・埼玉・東京・京都・大阪・和歌山・島根と、広範囲からお集まりのようです。
それでは、道中お気を付けてお越し下さい。
みなさまとの再会を楽しみにしています。
【11】参議篁
「わたのはらやそしまかけてこきいてぬと ひとにはつけよあまのつりふね」
《大海原の島々を目指して漕ぎ出したと、都の人には告げてくれ、漁師の釣り船よ。》
→小野篁は、光源氏と同じく官位を剥奪されて流罪。遣唐大使の船が壊れた時、副使だった篁は船の交換が不満で乗船を拒否。嵯峨上皇の怒りをかい、隠岐島に流された。出雲の地で詠まれた歌。「人」は家族か恋人か友人か? 背景に船を漕ぐ艪の音が寂しく響いている。墓は京都にある紫式部の横。
【14】河原左大臣
「みちのくのしのふもちすりたれゆゑに みたれそめにしわれならなくに」
《福島県信夫のしのぶずりの乱れ模様のように私の心が乱れているのは、他ならぬあなたのせいなのです。》
→源融は光源氏のモデル。「夕顔」巻の「某院」は、塩釜の景色を写した河原院が舞台。融の宇治の別荘は後に平等院になる。「誰」は「たれ」と清音。伝わる本文に違いがあり、「乱れ初めにし」は『伊勢物語』、「乱れんと思ふ」は『古今和歌集』。『百人一首』の前に出来ていた、勅撰集から選んだ歌集「百人秀歌」から独立して「乱れ初めにし」になった。
【16】中納言行平
「たちわかれいなはのやまのみねにおふる まつとしきかはいまかへりこむ」
《貴方と別れて因幡の国(鳥取県)へ行っても、いなば山の峰に生える松のように、あなたが待つと言うのを聞いたならすぐに帰ってきましょう。》
→在原行平は須磨を漂流した。松風村雨堂に歌碑。『古今集』には「わくらばに問ふ人あらば須磨の浦に藻塩たれつつわぶとこたへよ」とある。一絃の須磨琴を行平が作ったという伝説あり。赴任にあたって左遷のような気持ちを、妻か母か友に贈った歌。
【24】菅家
「このたひはぬさもとりあへすたむけやま もみちのにしきかみのまにまに」
《今回の旅は急なことなのでお供えの幣の用意もできませんでした。手向山の紅葉を神のお心のままにお受け取り下さい。》
→光源氏のモデルの一人とされる菅原道真。九州の太宰府に左遷されたまま没し、その霊が雷神となって都に現れた。天神信仰を背景に持ち、神へ奉納する紅葉から、この歌は竜田山で詠まれたとも考えられる。
【27】中納言兼輔
「みかのはらわきてなかるるいつみかは いつみきとてかこひしかるらむ」
《みかの原を分けて湧き出てくる泉川ではないが、あなたをいつ見たというので、このように恋しいのだろうか。》
→「み」と「か」の音が流れるように響く。水が湧き、川が流れる音が背景で聞こえる。この歌は、「逢わざる恋」か「隔離された恋」のどちらか? 藤原兼輔は紫式部の曽祖父で「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまどひぬるかな」は『源氏物語』に26回も出てくる。
【55】大納言公任
「たきのおとはたえてひさしくなりぬれと なこそなかれてなほきこえけれ」
《滝の音は聞こえなくなってから長い年月が経ったけれど、その名声は今でも世間に伝わり聞こえてくることだ。》
→藤原公任は、紫式部に「若紫はおられませんか」と声をかけた。「た」と「な」の音の繰り返しが心地よい。本によってこの歌は、「音」と「糸」の違いがある。聴覚の「聞こえ」が「音」の縁語になるか、視覚の「糸」が「滝殿の実景」と結び付くか。
【57】紫式部
「めくりあひてみしやそれともわかぬまに くもかくれにしよはのつきかけ」
《久しぶりにめぐり逢い、見分けのつかないうちに雲間に隠れた夜半の月のように、あなたはあわただしく去って行き残念です。》
→『源氏物語』の総編集者。『源氏物語』の「雲隠」巻は巻名だけで文章はない。「月影」は『百人秀歌』や競技用かるたでは「月かな」と、いろいろな言葉で伝わっている。七夕を意識した歌であり、「月影」の方が人の別れる情景は深まる。
【78】源兼昌
「あはちしまかよふちとりのなくこゑに いくよねさめぬすまのせきもり」
《淡路島から通う千鳥の悲しい鳴声に、いく夜目を覚ましたことだろうか、須磨の関の番人は。》
→関守稲荷神社に歌碑。この歌は、千鳥の鳴き声が耳をかすめる。「須磨」巻に「まどろまれぬ暁の空に、千鳥いとあはれに鳴く」。同じく「友千鳥もろ声に鳴く暁は一人寝覚の床も頼もし」を本歌取り。『源氏物語』をヒントにして詠んでいる。
【83】皇太后宮大夫俊成
「よのなかよみちこそなけれおもひいる やまのおくにもしかそなくなる」
《世の中というものは逃れる道はないものなのだ。深く思いこんで入ったこの山奥にも、鹿が悲しげに鳴いている。》
→関守稲荷神社に藤原俊成の歌碑あり。「聞き渡る関の中にも須磨の関名をとゞめける波の音かな」。鹿が悲しげに鳴く声が背景から聞こえる。俊成は後に「歌詠みが源氏物語を知らないとは何たることか」と言った。
【97】権中納言定家
「こぬひとをまつほのうらのゆふなきに やくやもしほのみもこかれつつ」
《待っても来ない人を待つ、その松帆の浦の夕なぎの時に焼く藻塩のように、わが身は恋心に焦がれている。》
→藤原定家は『百人一首』の撰者。『源氏物語』の本文を整理した。この歌は、女が恋人の訪れを待つ趣向。無風の「夕凪」や「焦がれ」に皮膚感覚がある。
〔参考文献︰『百人一首の新考察』吉海直人、世界思想社、1993年〕
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