2017年06月16日

平仮名「て」と「弖」の直前に書かれている「り」と「里」について

 先週土曜日の日比谷図書文化館で、興味深い指摘を受けました。それは、平仮名の「く」が長く伸びた形で、変体仮名の「弖」のように見える文字の前には「里」が来る傾向があるのではないか、というものでした。

 そこで、講座でテキストにしている『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』において、平仮名で「ri-te」はどのように表記されているのかを確認しました。
 次の画像は、21丁表の3行目から6行目の行末です。「て」が並んでいる箇所なので、好例としてあげます。今、説明をしやすくするために、「弖」のように見える縦長の「く」は、便宜上「弖」と表記しておきます。

170616_te.jpg

 ここに出てくる順番に確認すると、「と弖」「きて」「給弖」「里弖」となります。そして、左端の「里弖」がここで問題にする表記です。

 「て」と「弖」の前に「り」か「里」が来る場合について調べたところ、以下のような傾向があることがわかりました。

 まず、今回問題にしている【里弖】についてです。この変体仮名による表記は、国文研蔵橋本本「若紫」では23例が確認できました。
 これに対して、【り弖】は4例(本行削除後のナゾリ1例を含む)と、少数です。
 この27例の「弖」は、すべてが助詞として使われているものです。

 次に、「り」の次に「弖」がくる3例を確認しておきます。

あり弖(4ウ L8)
多て満つり弖(46オ丁末)
可ゝり弖(49オ L3)


 なお、次の例は、本行に書いた「給」を小刀で削り、その削除した文字の上から「弖」がなぞり書きされています。

多て満(改行)つり弖/【給】〈削〉弖(31ウ L4)


 これは、「弖」がミセケチや傍記ではなくて、なぞられていることに注目すべき例です。橋本本は、親本に書かれている本文を忠実に書写しようとする意識が強い写本です。ここは、「弖」と書くべきところを、ついうっかり「多て満つり」と書いてしまったようです。しかし、すぐに間違いに気づき、「給」を削ってから、親本通りの字形の文字「弖」を書いて訂正したのです。このことから、ここで橋本本の親本には「弖」という字形の文字が書かれていたことが推認できます。
 これに関連して、「平仮名「て」の字母に関する資料を検討中」(2017年05月08日)という記事も参照してください。この本の書写者は、「て」と「弖」を字形まで区別して書写していることがわかる例です。

 次は、「て」が現行の字形の場合です。

【りて】12例
【里て】16例(本行削除後のナゾリが1例)
 ※多てまつ里てん/らん〈削〉里てん(53オ L3)
 このなぞり書きの例は、「らん」という文字を削って、その上に「里てん」となぞり書きしているものです。「らん」と「里てん」が混同されることの説明を、今私はできません。字形からの間違いではなく、語句の意味からの混同が原因ではないかと、今は思っています。

 語頭および語中で、「り」か「里」の後に「て」か「弖」が来る例(【り弖】【里弖】【りて】【里て】)はありませんでした。

 ということで、ここでは「里」の次には「て」ではなくて「弖」のような縦長の「く」がくることが多い、ということは言えそうです。日比谷図書文化館で指摘のあったことは、この『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』に限っては、そうした傾向が強い、ということになります。
 なお、私は、仮名文字に関する研究成果について、まだほとんど確認していません。もしこのような調査結果がすでに提示されているようでしたら、ご教示いただけると幸いです。

 今回、「て」と「弖」の前に来る文字について、いろいろと調べました。その過程でいろいろなことがわかったので、いつかそれらも整理して報告したいと思っています。
 
 
 

posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ■変体仮名
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