2017年05月23日

井上靖卒読(208)金沢の井上靖を訪ねて

 「石川四高記念文化交流館」は、金沢駅前から兼六園シャトルに乗り、4つ目のバス停で降りた目の前にありました。ここは、「石川四高記念館」と「石川近代文学館」が合体した、複合文化スペースです。

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 ここに来たのは、井上靖を調査し情報を収集するためです。
 金沢は、井上靖が四高で学生時代を過ごした街です。自伝的小説である『北の海』の舞台でもあります。『北の海』については、「井上靖卒読(151)『北の海』」(2012年12月10日)を参照願います。自分勝手につけていた評価が【2】なので、5年前はそんな理解だったようです。金沢を歩いたことにより、少し作品の背景がわかりました。再読したら、この評価がどうなるのか楽しみです。もっとも、今はもう一度読む暇がないので、またいつの日にかということにしておきます。
 今回この記念館に来て、石川県における近代文学の三文豪は、徳田秋聲・泉鏡花・室生犀星であり、井上靖は入らないことを知りました。それだけこの地には、他にも高く評価されている文人がいた、ということです。
 2階の最後の部屋に、やっと井上靖のコーナーを見つけました。「四高が育んだ多彩な才能 四高その青春と光芒」という部屋がそれです。

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 ここには、中野重治、加賀の三太郎(西田幾多郎、藤岡作太郎、鈴木大拙)、森山啓とともに、壁一面を使って写真や著書などが並んでいます。私は、井上靖旧蔵で本郷新が製作した「鑑真和上像」に目が留まりました。唐招提寺にある像を基にして作られた三体の内の一つだそうです。これを寄贈された文学館では、鑑真が没した5月6日を「鑑真の日」とし、例年これを展示して「鑑真まつり」を行っておられるそうです。この日が井上靖の誕生日でもあるのは、奇縁とでも言うべきことです。
 井上靖の翻訳本は、『天平の甍』の英語・中国語・フランス語版が並んでいました。
 また、1階の一室「北辰会と南下軍 部活動にかけた青春」に四高の柔道部のコーナーがあり、そこに井上靖が書いた「河西回廊」の扁額と「無声堂」の印が展示されていました。

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 同時に開催されていたイベントとして、「少女の文学展 ―石川ゆかりの作家の少女向け読み物―」がありました。竹久夢二や川端康成、現代では唯川恵などの作品が紹介されています。
 現在編集中の『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第4集』では、『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第3集』(伊藤編、新典社、平成28年)に引き続き、池田亀鑑の少年少女小説の小特集を組んでいます。そのこともあり、一点一点を丹念に拝見しました。しかし、さすがにここに池田亀鑑の少女小説のことは、まったく触れられていません。小説家としての池田亀鑑は、まだほとんど知られていないのです。これから、関連する情報を公開しますので、今後に期待しましょう。

 井上靖が四高時代に下宿していた部屋が、「櫻畠楼(さくらばたけろう)」としてお寿司屋さんが守り継いでおられることがわかりました。それは木造2階建ての建物で、小説『北の海』にも登場します。晩年にここを訪れた井上靖は、大変懐かしんだそうです。下宿していた2階の部屋は、当時のまま残されているとのことです。
 そこで早速お寿司屋さんに電話をして、食事と見学をお願いしました。しかし、お店が非常にお忙しい時と重なり、今日は対応できないとのことでした。寿司割烹「小林」のご主人の松田さんには、慌ただしくしておられる時に大変失礼いたしました。またの機会を楽しみにしています。

 それでは、ということで、駅前のビルの中にあった回転寿司の「もりもり寿司」に入りました。

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 新鮮なネタで、おいしくいただきました。消化管を持たない私は、一度にたくさんは食べられません。今日は、3皿と海鮮汁で充分でした。これでも千円を軽く越えるので、私にしては少し贅沢な食事となりました。

 今回は、時間の都合もあって、金沢21世紀美術館にも行けませんでした。ここは、学芸員の資格を取る勉強をしていた時から、その理念が気になっていた美術館です。これも、残念ながらまたの機会に、となりました。
 
 
 
posted by genjiito at 07:12| Comment(0) | □井上卒読
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