2017年02月13日

『源氏物語』の池田本と国冬本に関する渋谷氏の問題提起

 渋谷栄一氏の「楽生庵日誌(2月11日)」で、以下の報告がありました。


【2月10日(金)】
越野優子『国冬本源氏物語論』と伊藤鉄也「池田本『源氏物語』本文校訂「桐壺」(第一版)」を読みながら「源氏物語」の本文研究について考える。文学の根源が言語藝術としての感動にあるならば、別本は通行本文では窺い知ることのできない「源氏物語」の豊かな表現と叙述をもったテキストの一つとして興味深い。通行の定家本原本とその臨模本そしてその系統の最善本である大島本を底本とした校訂本と同じ定家校訂本系統とされる池田本の校訂本と違いのあることは分かるが、なぜ違うのか、そして定家校訂本系統としてどちらがよりすぐれた表現世界をもったテキストなのか、そこが知りたい。


 この「大島本」と「池田本」とに本文の違いがあることについて、なぜそのような違いが生まれたのか、その表現世界の違いは何か、それぞれがどのように読まれてきたのか、などなど、問題は山積しています。この意味を考えることは、『源氏物語』の研究において今後とも重要な研究課題だと言えるでしょう。
 これからの若手研究者が、その新鮮で柔軟な感性によって、この問題に果敢に挑んでいただきたいと思っています。

 渋谷氏の記事にある「池田本『源氏物語』本文校訂「桐壺」(第一版)」とは、先月末に私家版として試験的に印刷して配布し始めた冊子を指しています。

170204_ikeda-cover.jpg

 この池田本「桐壺」の校訂本文を手元に置いて確認したい方は、本ブログのコメント欄を使って、郵便番号・住所・氏名をお知らせください。「桐壺」巻の校訂本文は無料でお渡しするものなので、折り返しお届けする手順(郵送の種別と送料等)をお知らせします。

 なお、この池田本の校訂本文を作成している背景や経緯については、「NPO法人〈源氏物語電子資料館〉のホームページ」をご覧ください。
 
 
 
posted by genjiito at 21:46| Comment(0) | ◆源氏物語
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