2017年02月10日

読書雑記(192)中村安希『N女の研究』

 『N女の研究』(中村安希、フィルムアート社、2016年11月)を読みました。

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 「N女」ということばは、本書で知ったのが初めてです。「NPOで働く女子」という意味だそうです。
 出版社フィルムアート社のホームページには、次の紹介文が掲載されています。


「N女」=「NPOで働く女子」たちとは一体何者なのか?
開高健ノンフィクション賞作家が切り取るNPO業界の新しい動きと「N女」たちの生き様。
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近年、有力企業に就職する実力がありながら、雇用条件が厳しいと言われるNPO業界を就職先に選ぶ女性が現れ始めています。NPOで働く女性、略称「N女」です。
N女とは何者なのか。N女の出現の背景には何があるのか、また彼女たちの出現によって今、NPO業界では何が起きつつあるのかを探るべく、中村安希さんはインタビューを続けてきました。

そこから浮かび上がってきたのは、職場や家庭、地域社会など、かつての共同体が力を失い、分断が進む社会の中で、失業、病気、災害などをきっかけに、あるいは障害や差別によって、人や社会の「つながり」からはじき出される人々が増えつつあるという現実と、そうした人々を社会につなぎとめようと試行錯誤するN女たちが奮闘する姿でした。

さらにN女たちの出現は、結婚や育児によってキャリア人生が大きく左右される女性特有の問題や、男性型縦社会ではなく横のつながりを求める女性性の潜在力など、働く女性の在り方を問いかけています。

・N女の出現は、現代社会に蔓延する「居場所のない不安」を解消する手立てとなりうるのか?
・行政、民間、NPOの間を自由に行き来するN女の存在は、異セクターのつなぎ役として、経営難を抱えたNPOの運営を立て直すことができるのか?
・NPOというフロンティアは、働く女性たちの新たな活力の受け皿となりえるのか?

N女たちの苦悩と模索、生き様を通して、NPOの存在意義と未来の行方について考察したノンフィクションです。


 日本で新たな階級社会が形成されている、という視点からの問題提起がなされています。
 10人の第一線で活躍する女性へのインタビューを通して、女性の新しい生き方を炙り出そうとする、意欲的な内容です。そして、それを通して、動くことで意識を変えていった女性たちの姿がたち現れて来ます。ただし、あまりにもきれいに切り出されているので、質問を変えたらどうなったのだろう、などと余計なことを思ったりしました。インタビューをまとめるのは、なかなか難しいことを知っているので、結論を急がないで、自分の物差しで見過ぎないで、とハラハラして読み通しました。

 まず、階級社会に関する言及を引きます。


 日本に階級社会が生まれてきた背景には、社会のあらゆる局面で進行する「アウトソーシング化」がある。アウトソーシングとは、もともとは専門的な業務を外注することを指していたが、現在進行中のアウトソーシングとは、もはや外注というよりは単なる下請け化である。今は、どんな仕事もアウトソーシングする時代。これにより日本には、一部の正社員や行政職員が属する「管理階級」と、管理階級を現場の実務者として下支えする、巨大な「下請け階級」が形成されるようになった。管理階級が担う業務が、年々縮小されていっている一方で、「下請け階級」が低給で担う業務は、年々、より高度な領域にまで拡大されていっている。N女たちは、民間企業や行政だけでは解決できない社会課題に取り組んでいる。彼女たちの奮闘は、これからさらに課題が増えていくと予想される日本にとって、とても貴重なものに違いない。しかし一方で、彼女たちの出現は、この20年で急速に増加した非正規雇用に続く、あらたな「下請け階級」の拡大を意味してはいまいか、と心配にもなる。ソーシャルセクターへ転職する前、500〜1000万円程度の年収を得ていたN女たち。優秀な彼女たちの能力は、「新たな活躍の場を見つけた」と言えば聞こえはいいが、あまりにも安く、都合よく、買い叩かれすぎてはいないだろうか? (71〜72頁)


 文中に、「学問は社会に還元しないと意味がない」(79頁)という言葉が出てきます。はたと、自分に当てはめました。「還元」という言葉は、大事な点を見せてくれる意味があります。

 次のように語っている箇所では、本書のテーマであるN女の問題をクリアすることの難しさを感じます。
 私がいま関わっているNPO法人〈源氏物語電子資料館〉のことを思い、すべてを満たしていない現状に対して、あらためて今後の運営を考えることになりました。また別の視点でこうした動向を見る必要があるのかもしれません。


 N女の出現は、社会に重要な価値をもたらしつつあるが、その裏で、NPO常勤有給職員の人件費の中央値は222万円(平成25年度、内閣府調査)という事実が、N女たちを経済的リスクにさらしている。この数値が400万円前後まで引き上げられるか、またはNPOから民間企業へのスムーズな転職という展開が起きてこない限り、N女の出現は一過性の現象として終わってしまう可能性さえある。(264頁)


 また、次の社会動向も、この問題をそう簡単に解決するものではないことを教えてくれます。


 日本では、フルタイムで働く既婚女性の比率が全年齢を通じて15%前後(2013年、内閣府『共同参画』レポート)に留まっている。つまり、既婚女性の85%が、夫の収入を当てにできなくなった途端に困窮する「貧困予備軍」となっているのだ。これは、現にシングルマザーの6割が貧困状態にあるとする統計に整合性を与えるものであり、また、DV被害から逃れてくる女性のうち正社員は15%しかおらず、逃れても困窮するか、そもそも経済力がなさすぎて暴力から逃れられない女性も多い、とするDVシェルター側の証言とも一致する。しかしここでもう一つ別の事実を付け加えるなら、フルタイム就労率がより高いと言われる未婚女性の困窮ぶりは、さらに輪をかけて深刻な状況にあり、フルタイムで働いているからといって楽観できるわけではまったくない。3人に1人は貧困状態にあり、未婚女性の増加がそのまま貧困層の拡大につながっていっているとの指摘もある。既婚と未婚、パートとフルタイム、どちらにせよ女性たちの経済力のなさばかりが目に付く。(268〜269頁)


 今の我が身を見つめ直し、今後の人々の生き方について考えるヒントを、本書からたくさんいただきました。特に、意欲的に生きている女性を見かけると、その方の今ある姿の背景にN女的なものがあるのだろうかと、思いをめぐらすようになりました。これは、私にとって大きな成長です。

 家族(血縁)・会社(社縁)・地域(地縁)という、3つの共同体が機能しなくなった今、次の世代を生きる若者は無縁社会の中に放り投げられたと言えます。
 そうしたことを踏まえて、次のように言っています。


 血縁でも社縁でも地縁でもない新しい連帯とは、どのように作り出せばいいのか? 大切なのは、小さくとも多様性に富んだ居場所をたくさん用意し、人それぞれのニーズに合わせていろんな居場所を組み合わせていくことではないかと思う。そして、ここに登場するN女たちは、まさにそうした小さな居場所を作りだしているプロたちだ。彼女たちはそうすることで、分断社会にできた隙間を一つ一つ丁寧につなぎ合わせ、社会の死角に落ち込んでしまった人たちを様々な角度から拾い上げている。
 「一億総○○」という表現がぴったりだった、みんながみんな同じという異常な時代が、ようやく終わり、社会は多様化しつつある。激しい変化の途上にあるから、新しい課題も次から次へと出てくる。不安を感じるのは当然だ。しかし一方で、そうした不安の受け皿もまた用意されつつある。
 「すぐに全部は解決できないけど、とりあえず一人で悩んでないで、うちらに相談してみてくれる?」
 N女たちの柔らかな眼差しが、静かに、そして、したたかに、社会の隙間を埋め始めている。いろんなところにちょっとずつ居場所がある社会。どんな人でも、どんな形であっても、なんとか生きていける社会。そんな懐の深い社会が、N女たちの手によって、そしてN女的なる思考を持った人たちによって作られ始めている。(210〜211頁)


 次世代を生き抜くために、最後に著者がたどり着いたことは、人と人とのつながりをいかに大事にするか、ということのようです。
 予想できた落としどころとはいえ、紹介された事例が具体的であるために、やはりと納得すると共に、この現実にどう向き合うのかが問われます。

 社会と女性の接点を分析的に見つめる視点が新鮮です。切り口にも新たな刺激と発見がありました。
 そうであるからこそ、「おわりに」が、それまで著者が批判的に語っていたきれいごと過ぎて、最後の最後になって空疎な読書感となってしまいました。調査したことを一書にまとめる上で、無理に着地を決めてやろうとしないほうがいい、と言える好例だと思いました。【4】
 
 
 
posted by genjiito at 23:16| Comment(0) | 読書雑記
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