2017年01月30日

読書雑記(191)『触楽入門 はじめて世界に触れるときのように』

 『触楽入門 はじめて世界に触れるときのように』(テクタイル[仲谷正史、筧康明、三原聡一郎、南澤孝太]、朝日出版社、2016年1月)を読みました。


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 私は、日常的に物に触って生活をしています。本書を読み進めるうちに、その毎日の行為にあらためて気付かされることが多く、感覚というものを見直すことになりました。


 赤ちゃんの五感の中で発達が早いのは、なんといっても触覚です。触覚については、妊娠10週の頃から自分の身体や子宮壁に触れるという行動が見られ、学習が始まっていると考えられています。生まれたばかりの赤ちゃんは好奇心いっぱいで、なんにでも触れたがります。赤ちゃんにとっては触ること、舐めることの方が、見る/聞くことより、確かな情報を得られるからです。小さい頃は、だれもが触覚的な存在だったのです。
 記録されているかぎり最初に触覚に言及したのは哲学者のアリストテレスですが、彼は五感の中でも触覚に特別な地位を与え、触覚は「感覚のうちの第一のものとしてすべての動物にそなわる」と述べています。栄養摂取という生存行動のためには、触覚が必要不可欠だというのです。アリストテレスの言う通り、赤ん坊は指を、唇を、舌を駆使してお母さんのお乳を探し、栄養を摂ります。「触れる」ことによって、私たちは自分自身と世界との関係を学習し、生き延びてきました。
 このことは、脳科学によっても裏づけられています。これまで新生児の脳活動を測定することは難しかったのですが、京都大学の研究グループは、「近赤外光脳機能イメージング」と呼ばれる手法で生後数日の赤ちゃんの脳活動を計測することに成功しました。(26〜27頁)



 17世紀に哲学的な論争呼んだ問題で、「モリヌークス問題」というものがあります。ごく単純化して言えば、生まれつき眼の見えない人がいて、もしも成人してから手術で眼が見えるようになったとしたら、(それまで触ることによってわかっていたものを)眼で見ただけで認識できるだろうか、という問題です。この問いには、実際に開眼手術を行うことが技術的に可能になったことによって、答えが出ました。答えは「認識できない」です。突然眼が見えるようになっても、ただ光にあふれた光景が広がるだけで、モノの形や距離感を捉えることはできません。術後しばらく時間が経っても、立方体を観察しながら「上の面が菱形みたいになっていてわかりにくい」と言ったり、猫の前脚やしっぽ、耳が見えても、全体を見て
猫だと判断できなかったりするようです。これは、触ったものと見たものの情報が統合されていないからです。
 赤ちゃんは一度も体験したことのない新しいモノを見ると、長く見つめる性質があります。この性質を使って、フランス、パリ第五大学のアルレット・ストレリ博士らは、赤ちゃんは少なくとも月齢2ヵ月のときにはすでに、一度触れたことのあるものは目で見ても「覚えがある」と認識しているようだ、と報告しています(生後2日程度から連携がはじまっているという報告さえあります)。特に、形そのものよりも、ゴツゴツがあるかないかといったテクスチャの情報に対して、最初に触覚と視覚の対応を取り始めるようです。
 先ほどの赤ちゃん脳の研究でも、触覚刺激によって視覚野や聴覚野の脳活動が見られることが示されていました。こういった感覚統合が生後わずか数日から始まるおかげで、人はだんだんと、触れることなく、見ただけで物事を把握できるようになってゆくのです。
 成長するにつれて、視聴覚的な記憶は、圧倒的な量をもって触覚の記憶を塗りつぶしてゆきます。そして大人になると、もはや触覚を意識的経験の中心に据えてすごすことはほとんどなくなってしまうのです。(28〜29頁)


 特に、目が触感を補っている具体例には、納得しました。視覚と想像力が、触った感じを補正して増幅しているようです。

 また、触感が人の判断に影響していることも興味深い事例です。


 判断に影響を与えるのは、温度だけではありません。ある実験によると、相手を座らせて交渉をするときは、硬い椅子よりもやわらかいソファに座ってもらったほうが、こちらの要求をすんなりと通すことができます。どうやら、やわらかい感触は、相手の態度を「軟化」させるようです。
 また別の実験では、実験参加者に面接官の役割をしてもらうのですが、このとき、履歴書を挟むクリップボードを、重いものと軽いもの、2種類用意しました。すると、重いクリップボードを手にしたグループのほうが、求職者をより重要な人物だと判断したのです。
 身体が受けている、あたたかさ、やわらかさ、重さといった触感は、つねに意識されているわけではありません。それなのに私たちは、しらずしらずのうちに、触感に促されて意思決定をしているようです。身体性認知科学と呼ばれるこのような研究分野は、近年、さかんに研究が行われています。(40〜41頁)


 男女差については、もっと調査をしてほしいと思いました。現在、私が進めている古写本の触読に関しては、今のところ女性2人だけが変体仮名を読んでくださっているので、男性の触読について、点字ではなくて仮名文字での傾向を知りたいと思っているところです。


 その後、先ほども言った通り、女性の方が触感に優れている傾向があるらしいことがわかってきました。皮膚科学者の傳田光洋さんは、ポリイミド板による毛髪モデルを研究室の男女それぞれ10人ずつに触ってもらって、どちらを不快に感じるか答えてもらいました。すると、男性では意見が分かれた一方で、女性では10人ともAの不規則なパターンの板を不快だと答えたのです。(64頁)


 見えなかったらこれがどう感じられるのか等々、その違いに興味を持ちました。これは、おもしろいことです。

 出版社のホームページを見ると、本書で紹介されている音声を聞くことができます。

「どちらが水でどちらがお湯か、わかりますか?」(p.119、音の触感)

 触感を取り入れた身体表現に、楽しい未来を感じ取ることができたことが一番の収穫です。


 どのような形になるのかはわかりませんが、触れることを主軸としたアートが生まれるのも、もうまもなくのことではないかと私たちは思っています。それをサポートする、触感を表現するためのテクノロジーがいよいよ普及してきたからです。比較的廉価なレーザーカッターや3Dプリンタが登場し、だれもが気軽にものづくりに手が出せる環境が整ってきました。(223頁)


 まだ解明されていないことの多い分野だとのことです。今後にますます期待したいところです。【4】
posted by genjiito at 23:48| Comment(0) | 読書雑記
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